第11章 家族④
「どうしてボクなのさ……」
つぶやくような、か細い声が聞こえて来た。
「足手まといにしかならないのに……。音環はもっと高いところに飛べるのに……なんでボクなんかに……」
高いところ、か。そんな場所、興味ないんだけどな。
門亜の言葉に、音環は表情を緩めた。
「足手まといなんかじゃないさ。知っているか?アンカーのない船は漂流するんだ。門亜。お前は俺を適切な位置に留めておいてくれてるんだよ」
門亜は再び顔を上げた。そして、音環の目をじっと見た。嘘があったら見透かされてしまう、強い目線だった。音環は柔らかい笑顔を門亜に向けた。
「高いところに飛べるって言っても、イカロスは落ちるんだよ。
門亜。俺はお前といつまでもどこまでも飛んで行きたい。休みながらゆっくりとだっていい。生きている実感を感じながら、毎日を過ごしていきたいんだ」
「わからない……わからないよ……そんな大きな期待されたって……」
門亜の両目から大粒の涙がこぼれた。慌てて袖で拭くと、そのままうつむいた。
「門亜。分かんなくていいよ。でもね。不謹慎だけど、俺は今が生きている、充実しているって思ってる。
玲央たちのこと考えて玲央たちに頼られて。そして、門亜がベールで包むようにみんなをくるんでいるんだよ。その中にいてさ……満たされているんだよ。俺」
音環は門亜の頭をくしゃり、とやろうとして手を伸ばした。すると、手が頭に触れた時、門亜は両手で音環の手を包んだ。そして、その手を頬に当てた。
音環は立ち上がると、ゆっくりと門亜のそばに立った。そして、軽く抱きしめた。
「俺……ホント寂しかったんだ。親が仕事でずっと家を空けていたからね……普通の家庭ってわからなかったんだ。でも、門亜と一緒にいると、空洞のような心に温かいものが満たされていくんだ。
門亜。嫌じゃなければ、俺と一緒に家族になってくれないか」
音環の言葉に、門亜の心はキュッとした。嫌じゃなければなんて……そんなこと、あるわけないじゃないか。
「音環……あのね……。本当は、ボク、音環の荷物にならないように頑張ったつもりだった。でも、1人で頑張っているうちに、心がどんどん空っぽになって行くんだ。
いいの?そんなボクでいいの?」
音環は答える代わりにぎゅっと強めに抱きしめた。
「でもね……音環、お願い。ボクを甘やかさないで。甘やかしたらホントにボク、ダメになっちゃう。それこそ、足手まといになっちゃう。ずっと音環といたいから……甘やかさないで」
「ああ……分かった」
音環の口からほっとしたような息が漏れた。門亜には、音環が羽を下ろした、そんな音に聞こえた。
ふいに、ぱたぱた、と軽い足音が2つ聞こえた。音環が顔を上げるとリビングの扉から頭が2つ、中を覗いているのが見えた。玲央と翔大は門亜が泣いているのを見て目を丸くした。
「ああ、ごめん。心配しないで。今、門亜に『家族になろう』と言っていたところだったんだ」
音環の言葉に合わせて腕の中の門亜も、うなずいた。
玲央は驚いていた。今まで家族じゃなかったの?そう言いたいかのような顔だった。
「あ……いや、結婚しましょう、に近いかな?」
音環は慌てて玲央に言った。ちょっとニュアンスが違うが……説明に説明を重ねるとぼろが出るなぁ。説明が難しい、と音環は思った。
玲央は、音環の言葉に一瞬、理解したようだったがすぐに変な顔をした。その顔を見た音環は、玲央と門亜の領域にうっかり足を入れてしまったような罪悪感に襲われた。
「……るの?」
玲央の声が聞こえて来た。
「えっ?」
音環が聞き返すと
「どちらがウェディングドレス着るの?」
玲央のはっきりとした声が聞こえて来た。
えっ?そっち?音環は一瞬ひるんだが、同時にほっとした。その時、音環の腕の中で何かもぞもぞと動いた。見ると門亜が『ボクが着る』とでも言うように手を挙げていた。
「いや……結婚式は挙げないから」
そう音環が言うと、今度は翔大ががっくりとした声で言った。
「大きなケーキ、食べられないの……?」
あー、もう。……いいか。そうだ。全て終わったら大きなケーキを買ってお祝いをしよう。毎年、みんな並んで写真を撮ってもらうのもいいな。
「落ち着いたら大きなケーキを買って食べよう。どんなケーキがいいか、2人で考えておいて。虫歯になったらおいしく食べられないから、きちんと歯磨きはするんだぞ!」
音環の言葉に、玲央と翔大は「やったー」と手を合わせてはねた。
この幸せを守るためにもうひと踏ん張り。頑張ろう、と音環は思った。
翌週。児相から、もう一度面談を行いたいとの連絡があった。音環の予定に合わせてくれると言う。音環は有給を再度取得すると、児相の職員もその日に合わせてやってきた。
面談では、パートナーシップ宣言の手続きをしたことが大きかったのか、児相の職員は音環たちの養育継続の方向で検討をしている、と伝えてきた。
また、養親になるための教育を早めに受けていただきたい、とのことだった。
「今後は翔大くんの様子を見ながら、最終的に継続か、方針転換かを判断しますが……現時点では継続になる可能性が高いと考えています」
そして、手帳を閉じると、少しだけ声の調子を柔らかくした。
「お伝えしたいことがあります。これはゴールではなくて、スタートなんです。また、色々厳しいことを申しましたが、子どもの幸せを守るために、必要であることをご理解ください」
音環は静かにうなずいた。職員は続けた。
「また、家族の形が大きく変化した子どもの子育ては、思いもよらない時に何かの形で出ることがあります。戸惑うことも多いかと思います。
その時は遠慮なく相談しに来てください。一緒に、翔大くんにとって良い答えを探しましょう」
職員の言葉に、音環と門亜は深々と頭を下げた。
音環と門亜は玄関の外で職員を見送った。
白とグレーの世界に、色味がさしたように思えた。
読んでくださりありがとうございます。
第11章はこのエピソードで終わりになります。
大分前にお話しした「願望」玲央と翔大の一番の望みは叶うことはありませんが、何番目かの望みは叶いそうです。
そして、門亜と音環の望みは叶いました。
次はもう1人の望みが叶うお話です。




