第11章 家族②
翌日。門亜は翔大を連れて弁護士事務所に行った。小・中の同級生らしいけど……正直覚えていないや。門亜は目の前に座る、堂々とした体格の男を見て思った。
「久しぶりだね……と言っても覚えてないか。門亜はいつも音環の後ろに隠れていたからね。音環から話は聞いてるよ」
その子かい?と同級生の男は翔大を優しい目で見つめた。翔大は門亜の背で顔を隠すようにしていたが、門亜の優しく頭をなでる手に、うつむきながら前に向かって座った。
「大丈夫だろう。期限内に終わらせる。早く動いてくれたおかげで、十分な時間がとれる。誰も付け入るスキのないように出来るよ」
音環の根回しは凄いな……。門亜は感心すると同時にほっとした。一つ一つがベールをはぐようにして、次第に見えてくる。それまでは霧の中で走らされるようで、足元がおぼつかないし不安だった。
……音環はその霧の中を全力で走り抜けているんだろうな。追いつこうと思っても、追いつかないなぁ。
などと、思っていると、同級生は言った。
「門亜はいつも誰かを引き込んでいるよね。門亜を中心に人が集まってくるというか……。
正直、門亜が子育てをしていると聞いてびっくりしたんだ。機械と音環たちわずかな人間としか心を開いていなかったからね」
ずっ。少し温度の下がったお茶を同級生はすすった。
「でも昔、音環から門亜たちグループの成り立ちを聞いた時、門亜を中心につながって人が集まったと聞いててさ……。ふとそれを思い出したんだ。
それが門亜の才能なのかも知れないね。本当はうらやましかったんだ」
うらやましい。ボクが?
「こんな機会でもないと、話すチャンスがない門亜と話せてよかったよ。同窓会にも来ないだろ?」
目の前にいる男は、弁護士の皮を脱いだクラスメートだった。
「ありがとう。よくわかんないけど……そう言ってもらうのって嬉しいね」
多分、今のボクは顔が真っ赤だ。
「また、書類が出来たら来てもらうかも知れない。ざっと調べるから待ってて。あ、そうだ……」
言葉を切った瞬間、脱いでいた弁護士の皮をかぶったような気がした。口調が、事務的になった。
「この子を育てたいなら、僕の経験から言うと、書類上も君たちが家族になっていたほうがいいだろうね」
家族、の言葉に門亜ははっとした。その瞬間、音が遠のいたような気がした。
……それはパートナーシップ宣言のことだろうか。音環はいいよ、と言うかも知れない。
足かせになるのは嫌だった。義務で一緒にいると言うのを知らしめられるのも嫌だ。
門亜は、翔大のため、と頭では理解しながらも、心では色々な感情が一度に湧き上がってきて、持て余してしまった。
「音環とよく話し合ってみ。門亜たち2人は肝心なことになると話をしないだろ。強力な磁石のくせしてそう言う時だけ2人、ハリネズミになる」
同級生の顔に戻った男はそう言うと、もうそろそろ次の約束だから、と門亜を入口まで送り出した。
空を仰ぎ見ると、どんよりとした雪雲が広がっていた。目に見える早さで流れているのが見えた。また……雪が降るのだろう。
ふぅ。世界がとんでもない広さで広がっていくなぁ。門亜はため息をついた。
そして、水曜日を迎えた。
玲央が頭が痛い、と言って布団から出てこなかった。
……あまり大人の話を聴かせたくないんだけどな。
音環は玲央に、今日はお客が来るからその時間だけリビングに来ないように言った。もちろん、おとなしく寝ていること、と念を押すことも忘れなかった。
児相の職員は、昼前に来た。音環は職員をリビングに通すと、翔大を呼びに門亜たちが生活する和室に向かった。
ふすまを開けようとした時――中から玲央が声を潜めて翔大に話す声が聞こえた。
「変な人が来ている……。翔大を連れて行くかもしれない変な大人だ」
玲央の声に続いて、翔大の浅い呼吸が聞こえた。緊張しているのが分かった。
……緊張させるな。そう言おうとして、ふすまに手をかけた時、玲央の声が続いた。
「変な大人の顔を見たら『やだ!』とか『ここにいる!』とか言って、防音室に行くんだ。僕が守るから」
そう言って、玲央は少し戸惑った様子で
「えと……一緒にいるから」
と言い直した。
やれやれ。音環はふすまに手をかけると声をかけた。
「翔大くん、ちょっと人に会うことできる?」
部屋の中からは返事が返ってこなかった。音環は、あけるよー、と言ってふすまを静かに開けた。
すると、ふすまを開けた音環の前には、うつむいて、体を固くした翔大が立っていた。その姿は、まるで、罰を受ける前の子どものようだった。
翔大の小さな肩が、細かく震えていた。
不安そうに見つめる玲央と目が合った。音環は翔大の背中をぽんと軽くたたくと、玲央に向かって軽くうなずいた。
「大丈夫だ。俺は翔大くんをどこにもやらない」
握った翔大の手は、まるで雪玉を作った時のように冷たくなっていた。
……リビングまでわずか10歩。翔大の心臓は大きくバクバク言っていた。息ができないようで、苦しかった。
そして……音環に連れられるまま、リビングに入ると、知らない大人が二人、にっこりとしながら立ち上がった。
その瞬間、翔大の頭の中は、まるでフラッシュをたかれたように真っ白になった。
「やだ!連れてかないで!ここがいい!」
そう言うと、音環の手を振りほどいてリビングを飛び出した。階段をかけ上がると、防音室に逃げ込んだ。
門亜を中心に人が集まる……クラスメートが言った言葉ですが、門亜の魅力ってどこにあるのかを考えた時に出て来た言葉でした。
それは、危なっかしいとか保護欲をそそると言う意味ではなくて、心を開いた人には本音でしか語らないと言う所が魅力なのではないかと思います。
読んでくださりありがとうございます。




