↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
継承  作者: 群青 ひら
32/64

第10章 別離①

この章では、法律に関係する話が出てきます。

素人が調べたものですので、お困りごとなどは専門家にご相談いただけますようお願いします。

重苦しい空気が流れていた。喉の渇きを覚えた門亜は、自動販売機で紙パックのジュースを2つ買って、1つを玲央に渡した。


ぼんやりとしながら少しづつ飲んでいたが、やがてズズと言う音と共に空になってしまった。息を深く吸い込み吐き出すと、門亜は時計を見た。


音環たちがエレベータに乗ってから30分は経っていた。


大変なことになっていないといいけど……門亜の心は大きくざわついていた。


玲央の様子も気になった。


どんどんぼーっとした顔になっていく。連れて来たのは間違いだったんじゃないか。拗ねようと焼きもちを焼こうと、2人で家で留守番をしていればよかったのではないか。門亜は後悔を始めていた。


その時、エレベーターが開いて、音環たちが下りてきた。翔大の目は真っ赤だった。泣くのを我慢したのか、口がへの字に曲がっていた。


それを見た玲央は黙って立ち上がった。そして、門亜の袖を引っ張ると、自動販売機を指さした。


玲央はバナナミルクの紙パック飲料を買うように門亜に言った。そして、取り出し口に紙パックが現れると、翔大のところに戻り、手渡した。


「来週……時間取ってくれるって。翔大くんが語り掛けたりすると反応があるんだ」


そう言うと音環は翔大の頭をなでた。


「いつも話しかけてくれていたママが、ただ眠っているのって……つらいよな……」


音環の言葉に、玲央の脳裏に納体袋に包まれていた桜花ママの姿が鮮明に表れた。突然、ぎゅっと心をわしづかみにされたような感覚に襲われた。


いなくなる……会えなくなる……。翔大ママも?


バナナミルクの紙パックを両手で抱えた翔大の両肩が、震えていた。その姿は玲央には小さく、消えそうに見えた。


どうすればいいのだろう。玲央が思った次の瞬間


ぎゅっ。


玲央は翔大を抱きしめていた。そして、音環が玲央にするように頭をなでていた。


抱きしめられた翔大は、びっくりしていたが、やがて表情が和らいでいった。

翔大は、味方が出来たような気がした。




翌日のことだった。


朝、音環は雪かきをしながら、昨日の玲央の姿を思い出していた。


玲央が翔大を慰める。正直、そこまでのことを期待していたわけではなかった。


一緒に病院に行って翔大の姿を見れば少し分かるのではないかと……言っても分からないだろうから見てもらったほうがいいだろう。そんな気持ちだった。


それが。


玲央は、自分なりに痛みを感じて相手に何かしてあげたくなった。音環が思うより早く成長する玲央に、改めて勉強させられるなぁ。と思ったりした。


雪かきを終えると、朝ごはんを作りにキッチンへと向かった。――その時、門亜のスマホがリビングで鳴っているのに気が付いた。画面には「マスター」と出ていた。


どくん。大きな心臓の音とともに口の中の乾きが同時にやってきた。心の中のざわつきが、シグナルを出していた。


「門亜、電話」


音環は門亜を揺り起こすとスマホを渡した。門亜は眠い目をこすりながら、電話をかけなおしていた。


もやもやした気持ちのまま、音環はキッチンへと戻った。


……とても嫌な予感がする。


音環は、ふりかけを取り出すと、炊飯器の中のごはんに混ぜ込み、おにぎりを作り出した。一つ……二つ……。炊き立てのご飯は熱かったが、音環は気にならなかった。


恐らく、門亜は翔大を起こしてこっちにやってくる。その時までにできるだけ多く握っておきたかった。


窯の中のごはん全部を握ったところで、はじめて両の手のひらがジンジンとするのに気が付いた。


あっちい。


水でべたべたした手をさっと洗うと、ラップにくるみ始めた。


……丁度その頃、門亜が翔大を連れてやってきた。


「翔大ママ、危ないって」


……やっぱり。音環は袋におにぎりを詰め込むと、


「病院に行こう」


翔大に声をかけた。そして音環は門亜に


「玲央は?……どちらかと留守番したほうがいいかな……」


と尋ねた。


夏。玲央は桜花の死に立ち会ったと聞いた。その記憶を呼び起こすであろうこれから起きる出来事に、玲央を連れて行くには忍びなかった。


留守番となると門亜が家に残ることになるだろう……翔大ママと付き合いがあったのは門亜だ。残していくことに罪悪感を感じていた。


その時だった。すでに着替えていた玲央が翔大の着替えを持ってきた。


「玲央は……行くか?」


玲央はうなずくと、翔大の手を取り玄関へと向かった。


――音環たちが翔大ママの病室に向かうと、4、5人の大人が翔大ママを囲んでいた。マスターは門亜に気が付くと近づいてきた。


「あの人たち……翔大ママの親と兄弟。お店で働く時の契約書に、身元引受人の欄があるんだけど、書いてあったから呼んだんだ」


「翔大くんは……そばに行けそう?」


門亜は聞いた。マスターは難しそうな顔をした。


「俺はいくよ」


音環はそう言うと、翔大をかばうように大人の間をかき分け、翔大ママの隣に連れて行った。


「耳元で話しかけてごらん」


音環は静かに翔大に言った。1人の大人が翔大を止めようとしたが、音環ににらまれると、ひるんで半歩下がった。


「ママ……ママ……」


翔大が呼びかけたその時。翔大ママの口が開いて何か言ったように見えた。そして……。


ピー。


無機質な音が鳴り響き、翔大の声をかき消した。


突き刺す音が、その命の一切の活動の終わりを告げていた。看護師と医師がベッド際に寄ると、蘇生措置を施したが、旅立った命は帰ってこなかった。


「ママ……ママァ……」


その様子を見ていた翔大は、口をあけたまま、涙を流していた。


白い布をかぶせられた翔大ママは、ストレッチャーに乗せられ病室を出て行った。


――病室に静寂が戻ってきた。翔大は音環に抱きかかえられ、その肩に顔をうずめていた。門亜のすすり泣く声だけがかすかに聞こえていた。


病室の中にいた大人たちは病室を出て行った。そして、続いて霊安室に行こうとする音環たちを、年かさの男が押しとどめた。


読んでくださりありがとうございます。

第10章 別離です。この章は3つに分かれます。

回復の兆しを見せたのもつかの間、別れが来てしまいました。

シリアスな話が続きます。

よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。