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継承  作者: 群青 ひら
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第9章 願望①

音環は門亜の店の勝手口に車を付けると、門亜を呼んだ。門亜は眠っている翔大を抱きかかえてやってきた。


「翔大くんのママ、病院は決まったんだけど、なんか良くないみたい。これからマスターと一緒に病院に行ってこようと思う。音環、2人お願いできる?」


音環は玲央の隣のジュニアシートに翔大を乗せるとシートベルトを締めた。そして、色違いのハーフケットを上からかけると、後部座席のドアを閉めた。


「ああ……何かあったら連絡くれるか。何も起きないといいんだが……」


音環は軽くため息をついた。


帰ったらお風呂と明日の準備と……食事の支度と。翔大くんを小学校に送るから玲央を早めに小学校に送らないといけないな……。


音環はさっと、これからのToDoを考えて眉をしかめると、車を発進させた。


ルームミラーから見える玲央は大人しく座っているように見えた。


――音環の家にはほどなく着いた。車をガレージに入れ、玲央と翔大を車から降ろす時、翔大が目を覚ました。明かりのついていない家に、翔大は不安な様子を見せた。


懐中電灯をつけて音環は先頭に立つと、2人の足元を照らしながら慎重に庭を進んで行った。日中、少しだけ気温が上がったせいか、溶けた雪が氷になっていた。


前と足元を交互に見て歩いていた翔大の目に、大きなかまくらが飛び込んできた。


「かまくら……?」


翔大がかまくらをよく見ようと、近づこうとした瞬間だった。


「近寄らないで!」


玲央が翔大を突き飛ばした。


翔大は一瞬、何が起きたのか分からなかった。まるで透明なバリアにぶつかったようだった。しりもちをついた翔大は目を丸くして固まった。


「玲央!」


瞬間的に突き飛ばした玲央に、音環は大きな声を上げた。


その声に、玲央は我に返った。そして、突き飛ばした自分の手を見つめたまま、立ちすくんでいた。


音環はさっと、翔大の状況を見た。良かった……頭は打っていないようだ……。ひとまず中に入ってだな。


「大丈夫?ごめんな……」


音環は玲央を小脇に抱えると、翔大に手を差し伸べた。翔大は2回ほどうなずくと、音環の手を取って立ち上がった。


そして、無言のまま、勝手口へと向かった。


音環は手早く鍵を開けると「入って」と翔大を先に通した。


入り口のスイッチを入れると、ぱっとキッチンが明るくなった。


玲央は無言のまま怒ったような顔をしている音環が怖くなってきた。あのかまくらは、僕のじゃなかったのだろうか……。翔大くんに分けなくちゃいけなかったのだろうか……。


ここにいていいのだろうか……。


ふいに、涙がにじんできた。今まで温かかったものが、急に自分の居場所ではないように思えた。拒絶をされているように感じた。


そう思った瞬間。玲央は足をじたばたさせると下に降りようとした。


逃げよう。どこに逃げるのか分からないけど、逃げよう。玲央は音環の体に手をついた。その時だった。


「逃げるな」


低い声だった……。玲央はますます足をじたばたさせた。


音環はひとまず、玲央の靴を脱がすと、抱えたままキッチンに上がった。翔大にはリビングのソファーに座って待つように言った。そして、エアコンのスイッチを入れ、風呂の湯を張り出した。


玲央はどんなに暴れても離さない音環の力にあきらめたのかだらんとした。これからどうなるのだろう……言葉で言われるのが怖かった。


音環は、キッチンの椅子に玲央を座らせると、真正面を向いた。玲央の両手を握ったまま、静かに言った。


「玲央……今なんで怒られているか、分かるか?」


ああ……やっぱり。


玲央は断罪される前の悪い人になったような気がした。


「翔大くんを……突き飛ばしたから……」


音環は一呼吸置いた。


「そうだ。突き飛ばして翔大くんがけがをしたらどうする?翔大くんは痛がるだろう。そして、玲央、お前もずっとケガさせたと思いながら過ごすことになるんだ」


握った玲央の手を、もう一度ぎゅっと握った。玲央の目を見つめながら言った。


「いいか。玲央、俺はお前が悪い子だから怒っているんじゃない。悪いことをしたから怒っているんだ。お前が大事だから怒っているんだ」


そう言うと、音環はそのまま玲央をぎゅっと抱きしめた。


「だから、逃げるな。お前の居場所はここだ。俺は悪いことをしたらきちんと怒る。でも、嫌いで怒っているんじゃない。だから、逃げるな」


玲央は、音環の言っていることの半分は分からなかった。ただ、怒られても、ここにいていいことだけは分かった。




「ただいま……わぁ」


防音室に入った門亜は、不思議なものを見たような顔をした。


玲央を抱えた音環がギターを奏でている……と言うよりは、ギターと音環の間に玲央が挟まっていた。そして、翔大も音環に寄りかかり……2人とも眠っていた。



「いや……風呂に入れたあと、2人とも寝ちゃったから、布団に寝かしたんだ。で、扉を開けてここにいたんだけど、玲央が来て……翔大くんが来て……まあ、こんな感じ」


音環は苦笑いをした。それで、どうだった……と音環は続けた。


門亜はソファーに座ると顔を曇らせた。


「ICUにいるって。脳に出血があって緊急手術をしたんだ。今は落ち着いているけど……起きるかどうかまでは分からないみたい」


音環は傍らの翔大を見て言った。


「そうか……今は小学生の面会は出来ないことになっているだろうから、一般病棟に移ってからだろうな……。翔大くんそれまで我慢できるかな……」


「翔大くん……とても気を遣う子だから、ボクたちが気が付いてあげないといけないよね……」


門亜はぽつりと言った。


読んでくださりありがとうございます。

第9章 願望です。この章は4つに分かれます。

クリスマス前にかまくらを作って約1か月。

かまくらの上に雪が積もったり、緩んで溶けたりを繰り返す中で、玲央は大切に手入れをしていたのだろうと思います。

そして、居場所を奪われると思ったのかもしれません。


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