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継承  作者: 群青 ひら
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第8章 ナポリタン①

1月になり、門亜は完全に店を引き継いだ。


女性の和装にかっぽう着姿で店を切り盛りする門亜に、少しずつ、新しい客が増えてきた。特に、出勤前の女性のお客が増えた。


そして、音環と役割分担を決めたことで、玲央とかかわる時間を取ることが出来るようになった。朝は音環が玲央の支度を手伝い、夕方、門亜が学童に玲央を迎えに行く。


玲央は店の奥の3畳ほどの休憩室で残りの宿題をしたり、夕飯を食べた後、テレビを見ながら音環の迎えを待つ。


今は、はやり病のせいで学校行事が無くなってしまったが、それでも、昼間の行事は門亜が出られる算段が付いた。それだけで満足だった。


ある日。門亜は玲央に夕飯は何がいいかを聞いた。音環が食べるのと同じ、お店で作ったお惣菜の詰め合わせでもいいし、何か作ることもできるよ、と言うと、


「ナポリタンが食べたい」


玲央は言った。


「ナポリタン?」


玲央はうなずくと、


「パプリカとニンジンがたくさん入ったナポリタン」


と言った。


どうも、野菜をあまり食べない玲央に桜花ママが作ってくれたらしい。パプリカとニンジンを千切りにしてソーセージと一緒に炒めた後、ケチャップで味付けをし、ゆでたスパゲッティと和える。


「こんなに入れちゃっていいの?」


ニンジンが1本、パプリカが1個。玉ねぎが1/2個。ソーセージは適量。


炒めるとしんなりしてカサが減ったようだったが、それでもスパゲッティの上でニンジンが自己主張をしていた。門亜は恐る恐る、玲央の前に盛り付けたナポリタンを置いた。


湯気のたつナポリタンに、待ちきれないように玲央はフォークを持つと


ちゅるん。


口の周りをケチャップだらけにしながらスパゲッティをすすった。そして、


もぐもぐ。


そして、自己主張をしていたニンジンをフォークにさしては口に運んだ。


ちゅるん。もぐもぐ。


湯気が冷める間もなく、皿の上のナポリタンはあっという間に半分になっていった。


「玲央くん、ケチャップだらけだよ」


門亜はそう言うと、おしぼりを出して玲央の口の周りを拭いた。丸い頬にまでついたケチャップを拭いた瞬間。


ちゅるん。


再び玲央の口の周りはケチャップだらけになった。




玲央は翌日も夕食にナポリタンをねだった。そしてその翌日も……。夕方の店の中はほんのりケチャップの匂いがするようになった。


「門亜ママ、ケチャップの匂いがする!もしかしてナポリタンとか、作っていたりする?」


ちょっと派手なワンピースをきた女性客が、サバの味噌煮を口に運びながら門亜に聞いた。門亜は恥ずかしそうにうなずいた。


「うちのショータ……翔大にも食べさせたいなー。ねえ、門亜ママ、一緒に翔大を連れてきたら食べさせてくれる?もちろん、お代ははらうから!」


門亜はうなずいた。そして、ふと気になった。


「あれ?翔大くんは今どこにいるの?」


門亜の問いに


「お店近くの保育施設に預けてる。本当はもうそんな年じゃないけど、家に帰るのは夜中だからそれまで家に一人で置いておけないからねー。お弁当を買って、持たせて預けて来たよ」


女性客は軽くそう返すと、高野豆腐の煮物を口に含んだ。


「ん-!おいしい!仕事前にこのお味!テンション上がる―!」


門亜はそっと、戸棚から小さな瓶を取り出すと、ポットのお湯をボウルに入れ、その中に静かに沈めた。少しして、箸で取り出すと布巾の上に逆さにして置いた。


「翔大くんっていくつだっけ?」


「8歳。小学校2年だよ」


2年生かぁ。じゃあ、お母さんが迎えに行く頃は寝ちゃっているなぁ。


門亜は瓶をキッチンペーパーで拭くと、水滴がついていないことを確認した。そして、さっきまで煮ていたリンゴのコンポートをスプーンですくって詰めた。


翔大くん、お母さん待っていて偉いね。そんな気持ちと一緒に、


きゅっ。とふたを閉めた。


「じゃ、これ、翔大くんに」


そう言って門亜は女性客に瓶を渡した。


――夜職の女性たちが出ていくと、いったん店は落ち着いた。


「玲央くん、お待たせ」


門亜は皿にリンゴのコンポートをのせると、休憩部屋の玲央を覗いた。


「玲央くん……?」


玲央は門亜の声に振り向きもしないまま、ぷっと膨れたままテレビを見ていた。


いつもと違う玲央の様子に、門亜は慌ててサンダルを脱いで休憩部屋に上がった。


「どうしたの?玲央くん。おなか……いたいの?」


玲央はテレビを見たまま横に首を振った。そして、次の瞬間、座布団に顔をうずめた。


ずりずり。そのまま部屋の奥に這って行った。少しずつ、門亜から離れて行った。


えええ……どうして?何があったの?門亜は戸惑った。そして、


「玲央くん……どうしたの……?」


恐る恐る門亜が声をかけると、ぴたり、と壁の手前で玲央は止まった。座布団から顔を上げると、今度は顔を隠すように膝を抱えた。そして……


「リンゴ……先にあげちゃった。」


つぶやきながら、玲央は上目遣いに門亜を見た。


先にあげちゃった……小さくつぶやく玲央の言葉が、門亜の心に痛みを伴って入ってきてぎゅっと、締め付るようだった。ごめん、と瞬間的に言葉が口から出てきた。


門亜はコンポートが乗った皿をテーブルに置くと、次の瞬間、玲央を横からぎゅっと抱きしめた。


「ごめんね。仕事モードで玲央くんの気持ちに気づかなくてごめんね」


ぎゅう、ぎゅう。まるで、玲央の心も逃げて行けないように、と言うかのように抱きしめた。そして、玲央が門亜に顔を向けた時、門亜は玲央の頭を、髪の毛がぐしゃぐしゃになるほど思いっきりなでた。


「いいよ……」


こてん。玲央の体重がかかってきたのを門亜は感じた。


門亜は玲央の体温を感じながら、はっと気が付いた。ナポリタン。作ってあげるって言っちゃったけど……。


「ねえ、玲央くん。ちょっと相談……」


門亜の声に玲央は顔を上げた。


「ナポリタン作るって言っちゃったんだけど……玲央くんにはニンジンとパプリカを入れるから、翔大くんのはどちらか入れていい?」


門亜の言葉に、玲央は上げた顔を下げた。門亜のほうに頭を預ける様子は、少し考えているようだった。テレビの音は遠く、ただ静かに、玲央の呼吸だけが聞こえた。


「いいよ……。でもニンジンだけね」


小さく、はっきりとした玲央の声が聞こえた。門亜はありがとう、と言いながら玲央のおでこにキスをした。


読んでくださりありがとうございます。

第8章 ナポリタンです。

この章は4つのエピソードに分かれます。

無事にマシンガントークのおばちゃんから引継ぎを受けて一人で切り盛りするようになりました。

門亜を中心に、優しいものも悲しいものも含めて輪が広がり始めた話です。

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