第7章 冬のはじまり⑤
「ごめん……俺、ブロック直しに戻るわ……」
とぼとぼと、戻る音環に玲央は優しくトントン、とたたいた。
「ありがとな……玲央」
玲央は軽くうなずくと、バケツのところへ戻っていった。
昼前には、ブロックも半分以上、積みあがっていた。
音環はブロックの重みで腕も腰も痛くなっていたが、綺麗に傾いているブロックを見て、うまくいくもんだな、と感心した。
特に二段目以降の傾斜をつける時、ブロックを少し前に倒しながら隙間に丁寧に雪を埋め込んでいく門亜の手つきを見て、音環はただただ感心した。
いつもだったら手伝おうか、と聞くのに、声をかけることを許さないほど真剣な門亜の顔に圧倒された。
玲央はバケツに雪を詰めては霧吹きで水をかけ、すべてのバケツが雪で埋まると、かまくらのところにやってきてはぐるっと回ってその出来上がりを眺めていた。
「昼ごはん、出前取らないか?」
ブロックの隙間に雪を埋め込んでいる門亜に音環は声をかけた。門亜はブロックから目線をずらさないまま
「何か適当に頼んでおいて」
と言うので、音環は天ぷらうどんを3人分頼んだ。
しばらくして、軽バンがうどんを運んできた。慎重に縁側にうどんを置くと、門亜を呼んで縁側に並んでうどんを食べた。
作りかけのかまくらが雲一つない青空の下で、エスキモーのイグルーを彷彿とさせた。
「本当は筋交い入れて、耐震構造を上げたかったんだけど」
ぼそり、と門亜は言った。
音環は危うく息をうどんに吹きかけるところだった。
危ない危ない。この前はコーヒーだったから手だけで済んだが、うどんとなると広範囲にやけどを負うことになる。ぎょっとしながら音環は言った。
「暖かくなったら溶けるんだから……耐震性能上げても仕方ないだろ」
残念。門亜の顔はそう言っているようだった。
――ブロックがカーブを描きながら天井へと傾き出すと作業は急ピッチで進められた。
「これでいいか。門亜」
音環は洗車で使う足場台を持ってきた。そして、内側からはいくつもモップを持ってきて天井のブロックを支えた。
門亜は手早く天井を閉じて行くと、最後にバケツくらいの大きさの穴にブロックを差し込んだ。
モップを外すと、自重で天井の隙間が押し込まれた。逆さに差し込んだブロックがはみ出して、外側から見るとリンゴのように見えた。
「完成!」
門亜はそう言うと、カラのバケツに雪を書き入れ、ブロック同士の隙間に再度雪を埋め込んで行った。そして。
「玲央くん。霧吹きでここをシュシュっとしてくれる?」
そう言って指さした。
霧吹きで水を吹きかけた瞬間……雪がほんの少しだけ溶け、透明な氷となり隙間に接着剤を入れたように……固まった。
「わっ!すごい!」
玲央は歓声を上げた。いつものもぞもぞとした言い方でない、玲央の声だった。
その声を聞いた音環は、一瞬疲れが飛んだ。
上がらなくなるほど動かなくなった腕も、腰の痛みも感じなかった。
今日一番のご褒美だな。音環は頬が緩んだ。そして仕上げに。下のほうのブロックに霧吹きをかけていると
「かけすぎないでね。溶けちゃうから」
と門亜から声がかかった。……よく見てるなぁ、とひそかに感心した。
「今度こそ!完全に完成!」
門亜の声が響いた。玲央は入りたさそうにうずうずしていた。
「先に入っていなよ。俺、何か温かいものを持ってくる」
音環はそう言うと、リビングに向かった。
……確か、あったな。音環はやかんで湯を沸かしている間、流しの下からエアーポットを取り出すと丁寧に洗った。そして乾いた布巾で丁寧に拭いていると、丁度お湯が沸いた。
小さなかごにカップを3つ入れると、小分けになったココアも一緒に入れた。そして小さなスプーンも3つだすと、戸棚を開けて前日に買ったミニクロワッサンも入れた。
お湯をポットに入れて庭に向かった。
かまくらの中では玲央が手をたたいて音の反響を楽しんでいた。
「おまたせ」
テーブルも持ってくるとよかったな、と音環は思った。足元の雪は、最初にブロックに使ってしまったから、寄せて台を作ることができない。
「今日は地べたになってしまったけど……後で小さなテーブルを探してみるよ。2階の物置にありそうだ」
門亜は籠を音環から受け取ると、カップを並べてココアの粉末を入れていった。エアーポットからお湯を注ぐとかき混ぜて玲央の前に置いた。
「クロワッサン。昨日のうちに買っておいたんだ。おやつ代わりにどう?」
そう音環は言うと、籠ごと玲央の前に置いた。すると、小さな手が伸びた。
「最初はどうなるかと思ったけど……門亜、すごいな」
音環の言葉に、にっ。門亜は笑った。
「へへん。でしょう」
どやっ。音が聞こえるような気がした。
「クリスマスまで持つかな……俺、かまくらの中でクリスマスケーキを食べるの、夢だったんだよね」
音環は言った。そして、音環の言葉に門亜の隣に座っていた玲央もうなずいた。
丸いケーキの上ににサンタの人形と小さな家が乗っている白いケーキ。玲央の心の音はとくとくとく、と少し早まった。ふんわりと口元に笑みが浮かんだ。
「楽しみだなぁ。クリスマス」
門亜は自信を持って言った。
――クリスマスがやって来た。
「ごめん。知らなかったんだ」
クリスマスの前日。かまくらの中で門亜はしょんぼりとして言った。
「ほら、キャンドルがきれいだよ!色とりどりで!」
な、と音環は門亜を慰めるように言った。
柔らかい光が、3人の顔を照らしていた。テーブルの上のチキンステーキをおいしそうにほおばりながら玲央はうなずいた。
……クリスマスケーキは予約するもの。それを知らなかった門亜が、代わりに大福を買ってきたのはこの年の話。
第7章⑤です。この章はこのエピソードで終わりです。
無事にかまくらが出来上がり、素敵なクリスマスを過ごす予定でしたが、大福がやってきました。
案外、心に残る初めてのクリスマスかもしれません。
読んでくださりありがとうございます。




