第7章 冬のはじまり③
――夜。音環は防音室でギターを弾いていた。
扉を少し開いたままの防音室からは、オレンジ色の光とギターの音が漏れていた。
玲央は一面を埋め尽くす雪に、学校でも楽しんだのか夕食の後、風呂に入ると早々に眠ってしまった。それでも、途中で起きた時に迷わないように扉を開けている。
ソファーに腰を掛け、ゆっくりと弦をはじく。温かな音色が、音環の耳に心地よかった。
朝の、玲央の真っ赤に上気した頬を思い出し、口元が緩んだ。
青森の冬は、楽しいことばかりじゃないが……でも、一つでも多く経験して欲しかった。思い出が多いほど、力になるからね……。
それにしても、かわいいな。などと音環が考えていると、2、3回鍵を回すような音がした。そして、
がちゃり。
勝手口のドアの開く音がした。
音環は壁の時計を見た。……門亜かな。仕事から帰ってきたな。
……手紙置いておいたけど、気が付いたか?階段が1個、壊れていたのが気になるが。
迎えに出るかな、と立ち上がろうとすると、階段を上ってくる音がした。そして、防音室の扉が開くと
「音環……ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
と、思いっきり無表情の門亜が入ってきた。
瞬間、音環のアンテナが強く反応した。
……ちょっと待って、これ一番門亜の中でやばいやつ。ひたすら謝るしかないやつだけど……俺、何かやったっけ。昔も今も、こんなに怒られる時ってだいたい何もやってない!!
「や、や、や、ちょっと待って、門亜。落ち着いて……」
音環はソファーに座るよう、門亜を誘導したが門亜は立ったままだった。
「ボクは落ち着いているよ……ねえ、音環、音環のバイク、どうしたの?」
そっち?ふう、と胸をなでおろした。
「しばらく乗らないから、売ったよ」
よかったよかった。何か記念日を忘れた、とか、重要なイベントを忘れた、とかではなくて、と思っていると
「なんで売ったの」
さらに一段低く門亜は言った。
えー。だからしばらく乗らないからって言ったじゃないか、と言おうとした時
「ガレージに入らないならボクがバイクを売ったのに……」
門亜は両こぶしを握り締め、肩を震わせた。その姿に、音環は心にズキリ、ときた。
「ボク、いつも音環のお荷物じゃないか……」
門亜の言葉は、音環の心にズシッと石を落としたかのようだった。
ああ……やっちまった。音環は言わなかったことを後悔した。言ったら言ったで、ボクが売る、と言うだろう。だから先回りして先に売ったのだが……それが傷つけたんだな。
「とりあえず、座って」
音環が座ると、門亜も続いて座った。
「言わなくて……悪かった」
息を吐き出すように、音環は言った。
「言ったら、お前が自分のバイクを売る、っていうかと思ったんだ。実際、言ったし」
音環の言葉に、門亜はこぶしをさらに強く握った。そして、門亜はまくしたてるように言った。
「だって、そうでしょう!ボクは……確かにまだ自立していないけど、でも、保護される子どもじゃないんだよ!」
「落ち着けって」
ふう。音環は大きく息をついた。どう言ったものか。……まだ言えないものもある。
「お前は……門亜は、数は少ないけど、とても大切にしているものばかりだろう」
「でも!」
音環だってバイク、大切にしていたじゃないか。両肩を掴まれた門亜は、つぶやくように言った。
「俺は片づけられなくて、手元にいろいろありすぎる。大切なのは今の生活とギター。後は動いていないけどバンド。それ以外はそんなに重要じゃない」
音環はちらと門亜を見た。門亜はうつむいたままだった。こぶしは……少しゆるんだようだった。
「だから、バイクは売るなんて言うな。お前があのバイクをどれだけ大事にしているか俺も知ってる。お前は自分の心を守れ。じゃないと玲央を守れないぞ」
門亜はうなずいた。そして、震える声で言った。
「今度から……ボクのためにすることは前もって言って。ボクが……まるで無能だと……知らしめているみたいで辛い」
震える門亜の姿に、再び音環の心はズキリ、と来た。そして、ああ、と言うように音環はうなずいた。
「すまなかった」
低く、絞り出すような声で門亜に伝えた。
その年の冬は雪の量も多かった。
12月の頭には、まるで玲央を歓迎するかのように今年3回目のドカ雪が降った。
階段の滑り台は、最初はならしていたが、だんだん角度が急になり危険になったので、なだらかな階段に変更した。
さてと。音環は庭の雪を見て考え込んだ。かまくらを作って、その中でクリスマスを迎えたらどうだろう。玲央の上気した頬を想像して、思わずにやけた。……まずは門亜に相談だな。
そう言えば、門亜、ケーキ頼んでおいてくれたかな……。クリスマスにはケーキを囲みたい、と言ったら、
「じゃ、ボクが用意する」
と言っていたが……多分、お店の付き合いとかで頼むんだろうな。
楽しみだ。
音環は昼過ぎ、門亜にラインを送った。すると
『今度の週末、作ろうよ!』
玲央より、ノリノリな返事が返ってきた。
『ボク、準備するからさ!』
準備、と言ってもスコップは2本あるし、特にないはずだが……と、音環は思ったが特に突っ込んでは聞かなかった。
玲央も喜んでくれるかな。音環は週末が楽しみだった。
その日の夕方。音環は学童に玲央を迎えに行った。学校の敷地の中にある学童の前にもいくつかかまくらができていた。
「かまくら、作ったの?」
玲央はうなずいた。
「先生が雪山を作って、僕たちが穴を掘ったんだ」
ちょっとつまらない、という顔をしながら玲央は言った。
「低学年の子と高学年の子が先に入っちゃったから僕は入れなかった」
そうか……まだ、入れてとは言えないのかな。音環は玲央の気持ちを思って心がキュッとした。それに……かまくらは出来立てに入るのが楽しいからな。明日入ってもつまらないだろう。
読んでくださりありがとうございます。
良かれと思ってやったことが相手を傷つけてしまう……それが顕著に出た回でした。
それでも、門亜は相手が音環だから本音が言えて、音環は門亜が相手だから受け止められる。
すでに絆があったからこそ起きたし、固まったのかなと思います。




