第7章 冬のはじまり②
門亜は、音環のギターの音がいつもとは違うことに気が付いた。音そのものは同じなのに……なんで違うように聞こえるのだろう。
そっと目を閉じると、音環の奏でる音一つ一つを聞いていった。
逢瀬はすべっタローしか歌えない曲。すべっタローだけの歌だ。
でも、今日はすべっタローよりも、音環の広げる海の音がよく聞こえる。
うっかりおぼれかけた時に見た海の底の色。海水越しに見た太陽の光。海の中はとても穏やかだった。
息が出来なかっただけだ。でも、今日はこうやって息が出来る。
音環の奏でる優しい音に、心がほぐれていくようだった。
ぽろり。門亜の目から涙が一筋流れた。
「あ、ごめん。逢瀬って気持ちをかき混ぜる嵐のような曲って思っていたけど、音環が弾くとこうも心地よくってさ……」
門亜の言葉に、音環はふっ、と笑った。
「辛い、と言葉に出すのは大事なことさ。悪いことじゃない。悪いのは投げ出すことと心の中に押し込んでおかしくなることさ」
音環の言葉に門亜は頭を彼の肩に押し当てた。そして軽く、うん、うんとうなずいた。
「この曲……俺の中では苦手だったんだが……なにか違うものが見えたよ。ありがとう」
ギターを弾き終えると、音環は傍らに置いて門亜に言った。
「もう少し、磨いてきちんとしたソロ曲にしたいとは思うけど」
そう言うと、門亜はぼそっと
「ボクは入れないの?」
と言った。音環は慌てた。
「違う、違う、そうじゃない。SAKIOTTEはダブルギターだろ。そう言う意味でのソロだ。ついでに言えば、ドラムもいらない」
くすり。門亜は慌てる音環の姿に口元を緩めた。
その時、ふいに玲央が目を覚ました。そして目をこすりながら
「トイレ……」
と言った。音環は言った。
「ここ、少し片づけて俺閉めておくから。じゃ、おやすみ」
玲央も、と音環が言うと玲央は寝ぼけたような顔でうなずいた。
「音環、ありがとうね」
門亜はそう言うと、玲央を連れて防音室を出て行った。
その年の冬の初めは、雪がよく降った。
門亜のバイクは、和室の前の縁側の柱に、カバーをかけたままワイヤーでくくった。それでも、強い風でカバーの半分がめくれて雪が打ち付けられていた。
気温が低かったせいか、いつもは溶ける時期の雪も完全には溶けずに一部を残していた。そして12月になる少し前、暴風が吹き、しっかりと雪が積もった。
夜のうちに雪をもたらした空は、翌朝にはうって変わって青空が広がっていた。
音環は日が昇る前に玄関に行くと雪かきを始めた。
まだ、これじゃ少ないな。
音環はガレージ前の雪を綺麗にかくと、その雪を階段の一番下にクッションになるように置いた。
そして、ガレージの横から庭を通って、勝手口まで道を作った。途中、雪を運び出すと、階段に乗せた。踏み固めては雪を乗せて、両側は盛り上がるように踏み固めていった。
最後に、なだらかになるように雪を均すと、壁際に穴をあけながら小さな階段を作った。
「うん。これでよし」
小さな滑り台が出来上がった。これなら、登校前のちょっとの時間、滑って遊べるだろう。
玲央を起こしに行こうとした時、玲央はすでに風除室にいた。早く滑りたい!というように背伸びしてはかかとをつけ、背伸びしてはかかとをつけ、をやっていた。
「風邪をひくから、しっかり温かい格好をしてからな」
音環は慎重に階段に足をかけると、風除室に入った。そして、玄関にかけておいたオーバーパンツとフード付きのジャンパーを玲央に着せた。
「朝ご飯ができるまで遊んでおいで。でも車道に出ないようにするんだよ」
音環が言い終わる前に玲央は滑りだした。
そして、建物側に作った小さな雪の階段を滑りながらなんとか上ると
するん。
再び滑り降りた。
ご飯ができたよ、と音環が呼びに来る頃には、滑り台は氷のようにつるつるになっていた。
やったぜ。音環は心の中で小さくガッツポーズをした。
――陽の光が庭の雪に反射して門亜の顔を照らした。
……まぶしい!
あと少し……と言おうとして門亜は誰もいないことに気が付いた。時計も12時を指していた。
昨日はおばちゃん、吹雪くから早めに帰ったんだよね。手間取って帰宅が遅くなっちゃったよ。
門亜は布団の中で体をのばすと、のろのろと出た。
吹雪だったけど、ボクのバイク大丈夫だったかな、と門亜は窓からバイクを覗き見た。すると、柱に括り付けられているはずのバイクが無かった。
……ない!ボクのバイクがない!一昨日まであったはず!
門亜は部屋を飛び出した。そして慌てて玄関を出ると、階段があるはずの場所はつるつるで門亜は滑り落ちてしまった。
「いたた……なにこれ。滑り台?」
建物側に小さな階段があるのが見えた。恐る恐る上ったが、大人には小さすぎて、つるん、再び落ちてしまった。
「もー!バイクはないし、最悪……」
したたかに打った腰をさすりながら、ガレージの横から庭に入った。庭は軒下からガレージに沿って、道ができていた。
「あっ鍵がないや……」
仕方なく、玄関に戻った。恐る恐る手をつきながら上ると、今度は滑らずに済んだ。
しょんぼりしながらリビングに行くと、テーブルの上に手紙が置いてあった。
『門亜のバイクはガレージに入れてあります。玄関は滑り台にしたからガレージの横から出てね』
「早く言ってよ……もう」
門亜はソファーにどさり、と座り込んで天井を仰ぎ見た。……腰が痛い。
無事に見つかったし、雪に埋もれたわけでなかったし……でも何だかおかしいぞ。あのガレージにバイク2台なんて置けたかな。音環の車も出入りするというのに。
門亜は痛む腰をさすりながら立ち上がった。そして、鍵をとると、裏庭からガレージへと向かった。
ガレージのシャッターを開けると、門亜のバイクはあった。ただ……。
「音環のバイクがない」
思わず門亜は口に出した。
どう言うことだろう。音環がボクのバイクを動かしたのだから、音環のバイクがないのは音環が何かした、ということだ。
もしかして。
門亜は怒りがふつふつとわいてくるのが分かった。
「どういうことか、説明してもらわなくちゃ」
その時。音環は車の中で一つくしゃみをした。
第7章②です。
「バイクがない」と驚いた時、縁側に括り付けたのだから縁側に降りればよかったのに、と思います。
でも、パニックになると不思議な行動をしてしまうかなと……今回の門亜は不幸が重なりました。
読んでくださりありがとうございます。




