第7章 冬のはじまり①
11月に入ると、初雪が降った。
その年の初雪は珍しく吹雪で、窓に張り付いた雪は少しだけ水っぽく緩んでいた。
玲央は新しいジャンパーに身を包みながら風除室で外を眺めていた。中にボアが入っているスノーブーツが、足先を温めていた。
風が風除室のガラスを強く叩いて、雪を打ち付けていた。風除室の天井では、雪が積もっては風に飛ばされる、を繰り返していた。
こんなに風が強くて、飛ばされていくのに僕は安全。とても不思議だ。
玲央は思った。
そして、岡山で見た雪はもっと粒が小さかった、と玲央は思い出していた。そして、あっという間に溶けてしまう。
今目の前にある雪は、どんどん道を埋め、壁に張り付いていく。玲央は背伸びして風景を眺めていたが、灰色の空以外、何も見えなくなっていた。
「玲央どこだ?……あ、玲央、ここにいたのか」
音環はほっとしたような顔をした。
「寒くないか?」
と、音環が聞くと玲央は首を横に振った。
「今日は吹雪いているから、うるさいだろ……大丈夫か?」
玲央は首をかしげた。確かにうるさいけど……今まで僕の体の中で響いていた音に比べたらそうでもない、と言おうとしてやめた。多分、わかってくれないと思う。
それに……今まで響いていた音は、いつの間にか聞こえなくなっていた。
玲央は再び、風除室で背伸びして外を眺めた。そして天井を見ては、上を通り過ぎる雪を眺めていた。
音環は風除室で外を眺める玲央の様子を見ていたが、ふと、2階へ上がっていった。そうしてすぐに、ふかふかの毛布を抱えて降りてきた。
「これだけじゃ冷えるから……ほら」
と言うと玲央の頭からすっぽりと毛布をかぶせた。
「この家の風除室、あ、ここね。今までどんなに強い風が吹いても割れたことがないんだ。丈夫だし安全だって俺のじいさんが言っていた。
見たいだけ見ておいで。でも冷えるからほどほどにするんだよ」
玲央は音環を見上げ、うなずいた。
外に出たら、飛ばされてしまうような風と雪。なのに、ここは両手を広げても飛ばされることはない。まるで映画の中に入ったような感覚だったが、隙間から入ってくる冷たい風が、本当に起きていることなのだと告げていた。
「ただいま」
門亜はそう言うと、キッチンの脇の扉から家の中に入った。夜の玄関前の階段は滑って危ないから、と鍵を渡されていた。
シン、と静まり返ったキッチンの明かりをつけると、そのまま隣の和室のふすまを開けた。
……今日も2階だな。
門亜はカバンを和室に置くと、階段を上って行った。そして防音室の扉をノックして静かにドアを開けた。
「ただいま。玲央くん、今日もここで寝ちゃったんだね」
ふぅ。少しだけ大きく息を吐くと、向かいのソファーで寝ている玲央を見て言った。
真新しい、色あせたデニムを思わせる青のソファは、少しだけリクライニングさせて、まるで玲央のために準備したかのようだった。柔らかな毛布の下で玲央はすうすうと寝息を立てていた。
「うん。どう時間を過ごしていいかわからなくてね。1人でいるのは好きじゃないみたいだし、なら、ギターでも……ってそんな感じ。門亜、久しぶりにお前もどう?」
音環はそう言うと、奥に置いてあるベースを取りに行こうと立ち上がった。すると、門亜は低い声で
「いい……」
と言った。そして、あまりにも低い声が出たことに門亜自身はっとした。振り返った音環の服の裾を掴んだ。
「ごめん。多分、ずっとおばちゃんの話を聞かされ続けてイライラしているんだと思う。いい人だって知っているんだ。ボクがきちんと働けるようになるのに今の状況がとっても恵まれていることだってわかってる。
でもさ、辛くて……。今日はおばちゃんの子どもの頃の話をずっと聞かされていたんだよ」
音環は「まあ、座りなよ」と言うと、ソファに腰を下ろした。
「何か弾く?聞きたい曲はある?」
そう言うと、音環は傍らに置いたアコースティックギターを抱えた。
すると、門亜はぽつりと
「逢瀬……アコースティックギターだけど弾ける?」
と言った。音環は逢瀬、の言葉に顔をしかめた。
これ、4人で演奏して一つの曲なのに、1人でか……しかも、同じフレーズを6番まであるやつだからな……。
とは言え、門亜のご所望だ。
やれやれ、と音環は開始を告げる大河のフレーズを弾き出すと、深い、暗い海の底のようなメロディを奏でだした。
飽きさせずに6回フレーズを回すには……テンポと音、アレンジが必要だな……。
音環は自分のフレーズを弾きながら、大河の弾いていたコードを思い出していた。
何だか……嵐みたいなコードだな。だから、カズヤは大河と空河から始める、と言ったのか。
音環はピタリ、と一旦自分のフレーズを止めると、一拍あけて大河のコードをゆっくりと弾き始めた。やがて、それは激しく音の羅列へと変化していった。
……玲央は起きないだろうか。
ちらり、と音環は玲央の顔を見た。暴れる音の羅列の中、玲央は穏やかな顔をしたまま眠っていた。
……ここで1回目が終わるが……俺のフレーズに入るといきなりガクンと来るぞ。どうしたものか……。
ああ……そうか。
音環は一旦、共鳴する音をそのままにしておいた。そして、テンポを再び緩めると、左手をネックの下の方で押さえて、まるでハープの音を響かせるかのように弾き始めた。
大河のは嵐そのものだ。もし、嵐に会った船乗りを見つけたらどうするか。
安全な海の底へいざなうだろう。問題は、海の中では人は生きられない、と言う点だ。
ただ、もし、海そのものを変えることが出来たなら。人が海の中で生きられたら。嵐を避ける方法としては最適解かもしれない。
音環はさらにテンポを緩めると、低い音を響かせて弾き始めた。まるで、見えない何かが広がっていくようだった。
読んでくださりありがとうございます。
第7章 冬の始まりです。この章は長く、5つに分かれています。
綴りながら、改めて子どもの時間は待ってくれないんだと思いました。
次のエピソードでは、門亜が激怒します。
ですが、「『雪』降って地固まる」大事な時間かなとも思います。




