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継承  作者: 群青 ひら
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第6章 冬支度③

門亜は「目玉焼きを……」と言ったところで女性は


「まあ!目玉焼きが出来るのね。それじゃあ大丈夫よ」


と言った。門亜は慌てた。違う、違う!焦がしたんだって。


「いえ、焦がしたんです」


がっくりするだろうな、と思いながら門亜が言うと、女性は


「大丈夫よ。私も昔はよく焦がしたから」


と続けた。


門亜と女性のやり取りを見ながら、音環は不動産屋の社員が言った言葉を反芻した。


……確かに門亜なら大丈夫だ。と言うより門亜じゃないと、このおばちゃんから引き継げないな。俺でも逃げたい。


そして、引き継いだ後も大丈夫だ。きっと客は静かに食事が出来てほっとするだろう。


いつ止まるとも分からない女性の話に音環が眉をひそめていると、ふと不動産屋の社員と目が合った。社員は軽くうなずきながら目配せをすると、音環は確信した。


居抜き以外、解決策なし、か。凄いご縁だな。


「おばちゃん、この人で良かったらテナントの契約者を12月に変えるよ。その他のお金に関することはこっちの音環さんと話してね」


不動産屋が言うと女性は


「いい人を紹介してくれてありがとうね。これで安心して12月まで料理の腕を仕込めるわ」


と言った。そして割烹着を門亜に渡すと


「今日から頑張りましょうね」


とにっこりした。


そして、それから3日間。料理を教えてもらいながらおばちゃんのマシンガントークを浴び続け、日付を超えて帰宅する日が続いた。


――門亜は布団から出るとのろのろとリビングに向かった。おばちゃんがおしゃべりをする声がまだ耳の底に残っていた。


いないのに、聞こえてくるようだ。


むぅ。門亜は顔をしかめた。よくあんなに話が出てくるよな。


頭を軽く振っておばちゃんの声を飛ばそうとした時、テーブルの上にたらことオムレツが乗っているのが見えた。


「茶色じゃないおかず!」


門亜は笑顔になってテーブルについた。


「あはは。お疲れさま。門亜が好きなたらこも買っておいたよ。シャケも焼く?」


音環がそう言うと、門亜は大きく首を縦に振った。


「食べる!」


満面の笑みに、向かいに座った玲央は目を丸くした。


「あ、玲央くんおはよう」


にっ。門亜は玲央に向かって笑いかけた。すると、玲央はぎこちない笑顔で門亜に返した。


やった!笑顔がもらえたぞ!きっと今日はいい日だ。門亜は思った。


「シャケ、今焼いているから、先にたらこで食べちゃって」


音環はそう言うと、門亜の目の前にご飯とみそ汁を置いた。


「ありがとう。あと、ごめんね。ご飯、音環に頼り切り」


門亜が言うと、音環は何言ってんだよ、と返した。


「3月の決算の時期なんて、ろくろくご飯食べられないから門亜におかずを詰めてもらうかも知れないしお互い様だよ。あ、その時は代金払うけどさ。でも面倒はかけるじゃん」


そう言うと音環はキッチンに戻って行った。


門亜は手を合わせると、早速湯気の立つご飯の上にたらこを乗せた。そして、ゆっくりと崩すと大きな口を開けてご飯を口に運んだ。


「おいしいよぉ」


とろけるような笑顔で門亜は言った。すると、キッチンからは「それは何よりだ」と言う音環の声が聞こえてきた。


もう一口、とホカホカのご飯を口に運んだ。さっき運んだ一口で目が覚めたのか、今度は頬がしびれた。ああ、もう、何て幸せ!


その時、玲央と目が合った。玲央は興味深そうにたらこを見ていた。


「食べる?ホカホカのご飯に乗せるとおいしいよ」


門亜がたらこの乗った皿を玲央の方に寄せると、玲央は恐る恐る箸でつまみ上げた。


そして、ご飯に乗せると少しだけ崩して口に運んだ。


「!」


玲央は目を丸くすると、そのまま固まった。


しまった。まだ早かったかな、と門亜が心配すると、玲央はたらこを崩して黙々とご飯を食べ始めた。そして、茶碗を空にすると「おかわり……いいですか」と言った。


おいしかったんだ!門亜は空になった茶碗を見て嬉しくなった。


「音環、玲央くんがおかわりするって。ご飯貰うね」


そう言うと、門亜はしゃもじでご飯を大きく掬った。音環はその様子を見て、もう一切れ鮭を焼いておけばよかったかな?と思った。


玲央が欲しがった時に焼けばいいか。音環は焼きあがった鮭を皿に乗せると、自分の分のご飯とみそ汁をよそってテーブルについた。


「シャケだー!」


門亜は皿の上の鮭を取ろうとした。すると、ふと手を止めて玲央に


「半分食べる?」


と聞いた。玲央はこくり、とうなずいた。


……門亜の真似をしてら。音環は玲央をみてふっと口元を緩めた。


門亜は鮭を箸で半分にすると、食べやすいほうを玲央の皿の上に乗せた。玲央は残った卵をささっと食べると、鮭をご飯の上に乗せた。


「音環兄さんね、シャケ焼くの上手なんだよ。ふっくらしててね。ボクが焼くとパサパサして乾燥してるの。なんでだろう」


門亜は玲央に話しかけると、ご飯の上で鮭の身をほぐした。大きな骨を皿に戻すと鮭の身ごとご飯を口に運んだ。


「おいしいよぉ」


門亜の様子をじっと見ていた玲央は、ご飯の上に鮭の身を乗せると、ご飯ごと一緒に口に運んだ。


「!!」


優しい塩の味が玲央の口の中を刺激した。玲央はその刺激に驚いた途端、ほんのり甘いご飯は鮭と一緒にそのまま口から流れて行った。


えっ!玲央は慌ててもう一度鮭の身をご飯に乗せて口に運んだ。今度は少しだけ口の中に留まった。


もぐもぐ。鮭ってこんなに美味しかったの?赤いだけじゃないんだ!


玲央は夢中でご飯を口に運んだ。そしてあっという間に茶碗を空にした。


どうしよう……玲央はじっと空になった茶碗を見た。すると、その様子を見た音環は優しく玲央に言った。


「鮭はまた焼いてあげるよ。それより大丈夫か?次食べたらご飯は3杯目だ。お腹がびっくりしたりしないか?」


音環の言葉に玲央は気が付いた。そう言えば、さっきおかわりをした。


「味噌汁も、飲んでな。でも、もしお腹をきゅうきゅうと押して苦しくするようだったら残していいぞ」


玲央の様子に音環は「ひとまず成功だ」と心の中でガッツポーズをした。暖かいご飯をたくさん食べたら俺の勝ち。生きる力が出るからな。


ざまあ見ろ、玲央を持って行かせないぞ、と誰に向かって言うのでもなく、空になった茶碗を見て音環は喜んだ。


「辛い時ほどご飯を食べる」は音環のお祖父さんの言葉ですが、この話ではあと1回出てきます。

私の知り合いが教えてくれた言葉で、泣くにも体力がいるから、とのことでした。

読んでくださりありがとうございます。

この章はもう1エピソード、お付き合いいただけると嬉しいです。

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