第7話 ニシンのパイ
ニシンパイは食べたことないですが、たぶん私も嫌いです。
配達屋として働き始めてしばらくが経ち、少しずつ依頼の種類も増えてきた。
そんなある日、一人の小柄なおばあさんから声を掛けられた。
「あなたが空飛ぶ配達屋さん?」
「はい。一応」
「届けてほしいものがあるの」
差し出されたのは、まだ温かい大きな包みだった。
「これは?」
「孫娘に届けてほしいの。魔法学校の寮にいるのよ」
魔法学校。
異世界感の強い単語が来た。
「中身は?」
「魚とかぼちゃのパイよ」
俺の動きが止まる。
おばあさん。
魚のパイ。
孫娘への届け物。
……嫌な予感がする。
「ニシンですか?」
「ええ。よく分かったわね」
来た。
完全に来た。
俺の頭の中に、遠い記憶が蘇った。
届けた先で、『私、このパイ嫌いなのよね』とか言われるやつ。
「……大丈夫ですか?」
「何が?」
「いえ」
俺は密かに決意した。
もし孫娘が嫌いだと言ったら、今回は言ってやろう。
おばあちゃんがどれだけ気持ちを込めて作ったと思ってるんだ。
食べ物を粗末にするな。
せめて本人の前では感謝しろ。
よし。
説教の準備はできた。
「必ず届けます」
「よろしくね」
俺はパイを慎重に抱えて飛び立った。
魔法学校は、町から少し離れた丘の上にある。
石造りの大きな校舎に、高い塔と寮。
いかにも魔法学校という外観だ。
受付で名前を告げると、しばらくして一人の少女が走ってきた。
「おばあちゃんから!?」
「はい。これを」
包みを渡すと、少女はすぐに開け始めた。
俺は身構える。
来るか。
例の台詞。
だが――。
「わあっ!」
少女の顔が一気に明るくなった。
「魚とかぼちゃのパイ、大好きなんです! 寮の食事では、お魚があんまり出なくて」
……あれ?
「おばあちゃん、元気にしてましたか?」
「う、うん。元気そうだったよ」
「最近、お手紙を書けてなくて。心配してたんです」
「あなたのこと、ずっと気にしてた」
「今度、私からもお手紙をお願いしていいですか?」
「もちろん」
少女は深々と頭を下げた。
「ありがとうございました!」
俺はそのまま学校を後にした。
夕焼けの空を飛びながら、さっきの少女を思い出す。
「……めちゃくちゃいい子じゃねえか」
用意していた説教は完全に不発。
出番すらなかった。
まあ、そっちの方がいい。
むしろ良かった。
「俺、何を警戒してたんだろうな」
一人で苦笑する。
帰ってから聞いた話では、あのパイは少女が幼い頃から祖母に作ってもらっていた思い出の味らしい。
普通に、いい話だった。
◇
それから数日後。
配達帰りの路地で、小さな黒猫を見つけた。
真っ黒な毛をしていて、片耳が少し欠けている。身体もかなり痩せていた。
「……お前、腹減ってるのか?」
黒猫は逃げず、じっと俺を見上げている。
ちょうど持っていた干し魚を少し分けると、ばくばく食べ始めた。
少し追加する。
まだ食う。
さらに追加する。
それも食う。
「身体の大きさと胃袋、合ってなくない?」
翌日も、黒猫は同じ場所にいた。
また干し魚をやる。
その次の日には、干し肉をやった。
気づけば、毎日のように餌をやるようになっていた。
そして、1週間ほど経った朝。
宿を出ると、そこに黒猫がいた。
「……なんでここを知ってるの?」
にゃあ。
俺が歩けば、ついてくる。
止まれば、向こうも止まる。
「飼われる気満々じゃん」
宿の主人に聞いてみると、
「部屋を汚さなきゃ好きにしろ」
とのことだった。
結局、そのまま一緒に暮らすことになった。
「名前、どうしよう」
黒猫。
配達。
名前。
「ジ……」
いや。
「さすがに、そのまますぎる」
黒猫を見る。
「クロでいいか」
にゃあ。
「適当って顔するな」
こうして、クロが仲間になった。
配達のときも、俺の肩や背中に乗ってくる。最初は怖がるかと思ったが、全然平気だった。
むしろ、空から景色を見るのを楽しんでいるようにすら見える。
「お前、大物だな」
◇
ある日、ドムスが俺を見て言った。
「お前、そろそろ屋号をつけたらどうだ」
「屋号?」
「配達屋を続けるんだろ。いつまでも『空飛ぶやつ』じゃ格好がつかん」
確かに。
俺は空飛ぶ配達屋で、肩には黒猫がいる。
「……これしかなくない?」
「何だ?」
俺は胸を張った。
「黒猫ユウマの空飛ぶ配達便」
ドムスが黙る。
「どうです?」
「長い」
「でも、分かりやすい」
「まあな」
こうして、俺の配達屋には正式な名前がついた。
『黒猫ユウマの空飛ぶ配達便』
空を飛ぶ俺の背中には黒猫。
届けるのは手紙だったり、薬だったり、時にはニシンのパイだったり。
……うん。
だいぶそれっぽくなってきた。
最後まで読んでいただきありがとうござます。
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