第5話 電子機器を売って、特訓の1か月
第4話を読んでいただき、ありがとうございます。
ようやく異世界での生活をスタートさせたユウマ。
森で生き延びるだけだった毎日から、少しずつこの世界の人たちと関わる日常へと変わっていきます。
もちろん、《飛行》スキルしかないユウマが普通に暮らせるはずもなく……。
第5話です!
尋問の翌朝、牢屋から解放されると、ガレスがぶっきらぼうに言った。
「当面は、この宿を使え。城壁内での寝泊まりは許可する」
「ありがとうございます! でも、俺、お金を持ってないんですけど」
「知らん。自分でどうにかしろ」
不親切だ。
でも、当然といえば当然かもしれない。
俺はこの国にとって、身元不明の浮遊物体でしかない。
立ち去る前に、ガレスが小さく付け加えた。
「……次に物を壊したら、弁償だからな」
やっぱり、机を壊した件はまだ許されていないらしい。
案内された宿の部屋は狭く、ベッドには藁が詰められていた。それでも屋根と壁があるだけで十分だ。
俺は床に荷物を広げた。
「売れそうなもの、あるかな……」
候補は、電池式のヘッドライト。
仕組みを説明できなくても、「火を使わずに光る道具」としてなら物珍しさはあるだろう。
ナイフ、ロープ、救急セット、ライター、レインウェア、ホイッスルは、この先の生活でも必要になる。手放す気にはなれない。
モバイルバッテリーとスマホも同じだ。
電波の届かないこの世界で、元の世界とつながっていた証のような気がする。それに、いつか何かの役に立つかもしれない。
「よし。ヘッドライトだけ売ろう」
翌日、市場の道具屋へ向かった。
「なんだ、これは」
「旅の途中で手に入れたものです。火を使わずに光ります」
ヘッドライトのスイッチを入れる。
「うおっ!? 本当に光った!」
店主が驚いて身を引いた。
「これ、そのうち光らなくなります。使いすぎには注意してください」
「消耗品ということか」
「だいたい合ってます」
店主はヘッドライトを手に取り、何度も角度を変えながら眺めている。
「……これは珍しい。買い取ろう」
提示された金額は、想像していたよりも高かった。
「異世界、思ったよりチョロいな……」
つい口に出すと、店主に睨まれた。
「いえ、なんでもないです」
ヘッドライトを売って得たのは、銀貨十数枚。宿代と食費を差し引いても、しばらくは暮らせそうだ。
すぐに町を出る必要はなくなった。
だからといって、今すぐ働き口を探す気にもなれない。まずは自分の力を安定させた方がいい。
これまで、なんとなくで生きてきて良いことはなかった。それでも、異世界に来たんだから少しくらい運が良くなってもいいだろう。
「よし。とりあえず1か月、練習に専念しよう」
町外れに、誰も使っていない雑草だらけの空き地があった。
そこが俺の道場になった。
朝は、できるだけ揺れずに高度を保つ練習。昼は休憩を挟みながら滞空時間を伸ばし、夕方は荷物を持って浮かぶ練習をする。
ひたすら浮き、姿勢を保ち、魔力が戻ったらまた浮く。
崖から落ちて以来やってきたことと、正直そこまで大差はない。ただ今回は、魔物に追われる心配をせず、練習だけに集中できる。
そんな練習を始めて数日後、頭の中に見慣れた文字が浮かんだ。
《飛行(Lv14)》
「……上がった?」
魔物に追われたわけでも、崖から落ちたわけでもない。
同じ練習を繰り返していただけだ。
「命がけじゃないと伸びないんじゃなかったのかよ」
どうやら、毎回命の危険にさらされる必要はないらしい。
その後も練習を続けると、滞空時間と高度が少しずつ伸びていった。
そこで、ふと気づいた。
「これ、移動速度が遅すぎたら意味なくないか?」
いくら長く飛べても、進める距離が短ければ移動手段としては使いにくい。
そこで、全力で直線移動する練習や、向かい風の中でも速度を落とさない練習を始めた。急停止と急加速の切り替えも繰り返す。
最初は早歩き程度だった移動速度が、少しずつ上がっていった。
「時速20キロ……いや、もう少しいけるな」
町の外周をぐるぐる飛び回る俺を、住民たちが生温かい目で見ている。
気にしない。
今は速度が大事だ。
一週間もすると、練習場の周りに人が集まるようになった。
「今日も浮いてるー!」
「見世物じゃないんだけどな……」
無視するのも悪い気がして、ときどき簡単な技を披露すると、子どもたちは大喜びした。
気づけば空中で宙返りをしたり、荷物を持ったまま輪をくぐったりと、ちょっとした芸まで身についていた。
「あんた、大道芸人にでもなったらどうだい」
パン屋のおかみさんが笑う。
冗談半分、本気半分といった様子だ。
実際、投げ銭代わりにパンや果物をもらうことも増えた。いつの間にか、飛行の特訓がちょっとした大道芸になっている。
二週間後には、町の住人のほとんどが俺の顔と呼び名を知っていた。
「浮遊のお兄さん!」
「変な旅人!」
「空飛ぶ見世物!」
「ハエ!」
「ハエって! せめて鳥にしてくれ!」
一番聞き捨てならない呼び名に全力で抗議したが、子どもたちは笑うだけだった。
◇
一か月、毎日欠かさず練習した結果。
《飛行(Lv16)》
滞空時間:10分
最高高度:35m
「お、伸びてる」
速度もかなり上がった。
町の外周を一周する時間から計算すると、だいたい時速25キロ。以前より揺れも少なく、かなり安定して飛べるようになった。
そして数日後。
《飛行(Lv17)》
滞空時間:12分
最高高度:35m
速度を測ると、およそ時速30キロ。
「時速30キロ……ってことは、12分でだいたい6キロは進めるってことか」
6キロ以内なら、途中で休まずにたどり着ける。
このとき初めて、自分の力が移動手段として実用的になってきたことに気づいた。
その日の練習中、ガレスが空き地へやってきた。
小脇には、いつものように角を揃えた書類の束を抱えている。仕事の合間に様子を見に来たらしい。
「町での評判を聞いた。問題は起こしていないようだな」
「浮いてるだけです」
「ちょうどいい。お前に頼みたい仕事がある」
「まさか」
「宅配だ」
「一か月前は考えもしなかった未来!」
「記録上、お前の分類はまだ『身元不明の浮遊物体』のままだ。そろそろ肩書きが欲しいだろう」
言われてみれば、そうかもしれない。
書類の上でも、俺はまだ人間として扱われていないらしい。
最後まで読んでいただきありがとうござます。
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