第34話 空を支配する魔物
釣り、楽しいですよ
翌朝。
俺は港町の宿で目を覚ました。窓を開けると、潮の香りがした。
「……海の町って、いいな」
昨日は釣りをして、魚を食べて、レオンといろいろな話をした。魔王軍のこと。これから起こるかもしれない戦争のこと。そして、ただの友達みたいなくだらない話も。
「ユウマ」
後ろから声がした。振り返る。レオンだった。
「おはよう」
「おはよう」
レオンは窓の外を眺めた。
「……もう少し、この町にいてもいいんじゃないか?」
「え?」
「昨日の釣り、楽しかったからな」
爽やかな笑顔だった。俺は思わず笑う。
「レオン、もしかして釣りにハマった?」
「……否定はしない」
「じゃあ、帰る前にもう1回行く?」
「いいのか?」
「もちろん」
こうして俺たちは、朝の港へ向かった。
◇
「今日は昨日より釣れるな」
「そうだな」
2人で並んで竿を出す。昨日と同じように、のんびりした時間が流れていく。レオンは昨日より明らかに釣りが上手くなっていた。
「レオン、もうコツ掴んでない?」
「昨日教えてもらったからな」
「覚えるの早すぎない?」
「竜騎士だからな」
「釣りに竜騎士関係ある?」
「……ないな」
2人で笑った。
その直後。
「……ん?」
港の向こうから、見覚えのある馬車が走ってくる。
「あの馬車……」
俺は立ち上がった。馬車が港の広場に止まる。そして、荷台から1人の男が降りてきた。俺はその顔を見て驚いた。
「……あ!」
向こうも俺に気づいた。
「あなたは……!」
男が駆け寄ってくる。
「やはり、あのときの方ではありませんか!」
「やっぱり!」
以前、旅の途中で助けた行商人――マルコだった。
「お久しぶりです!」
「お久しぶりです。無事だったんですね」
「もちろんです!」
マルコは嬉しそうに笑った。
「あなたに助けていただいたおかげで、あの後も無事に商売を続けることができました」
「それならよかったです」
「本当に、なんとお礼を申し上げればいいか……」
マルコが深々と頭を下げる。俺は慌てて手を振った。
「いやいや、そんなに気にしなくて大丈夫ですよ」
すると、隣にいたレオンが口を開いた。
「ユウマ、この人は?」
「ああ。前に旅の途中で助けた行商人です」
「なるほど」
レオンはマルコに微笑んだ。
「レオン・カゼハヤです」
「レ、レオン様……!?」
マルコが目を丸くする。どうやらレオンのことも知っているらしい。
「まさか、あの竜騎士レオン様とご一緒とは……」
「たまたまですよ」
レオンは謙虚に答えた。
◇
ふいに、マルコが空を見上げた。
「……あれ?」
俺もつられて空を見る。
「どうしました?」
「……あれは……」
マルコの顔から笑顔が消えた。
「まずい……」
港にいた人たちも次々と空を見上げ始め、ざわざわと声が広がる。そして、巨大な影が太陽を覆った。
「……でか」
俺の口から、思わず声が漏れた。巨大な鳥のような魔物。翼を広げれば、十数メートルはある。鋭い爪。巨大なくちばし。
何より、その翼が一度羽ばいただけで、港に強烈な風が吹き抜けた。
「うわっ!」
「きゃあ!」
小さな船が大きく揺れる。荷物が宙に舞い上がる。
「みんな、建物の中へ!」
レオンが叫んだ。その声に、港の人々が一斉に動き始める。
「レオン!」
「分かっている」
レオンはすぐに竜のもとへ走った。
「ユウマ。ここは俺が――」
「俺も行く」
レオンが振り返る。そして少しだけ笑った。
「……そう言うと思った」
俺も空へ飛び上がった。
◇
「来るぞ!」
レオンの声。巨大な魔物が急降下してくる。速い。
「うわっ!」
俺は横へ飛ぶ。次の瞬間、魔物が俺のいた場所を通過した。
「速すぎるだろ!」
レオンの竜も急上昇する。そのまま反転。レオンが魔物の横へ回り込む。
「はあっ!」
攻撃。しかし、魔物は翼を大きく動かし、レオンの攻撃を紙一重でかわした。
「避けた……!」
魔物がそのまま急上昇する。
「速い……!」
レオンの竜も追う。だが、距離が縮まらない。俺も魔物の背後へ回ろうとする。しかし、魔物は俺の動きを察知したように急旋回。
「なっ!」
俺の目の前を、巨大な翼が通り過ぎる。
「こいつ……!」
空中での動きが異常に速い。
そのとき、俺は新しい武器を取り出した。柄のない、両刃の細長い刃。5本。
俺はそれを宙に浮かせる。
「これなら!」
5本の刃が、一斉に魔物へ向かって飛んでいく。ヒュンッ、ヒュンッ、ヒュンッ! しかし、魔物は急上昇。1本目をかわす。そのまま身体をひねり、2本目、3本目をかわす。さらに翼を畳んで一気に降下し、4本目をかわす。
「嘘だろ!」
5本目も紙一重でかわされた。5本の刃が空しく通り過ぎる。魔物はそのまま旋回し、俺へ向かってくる。
「ユウマ!」
「大丈夫!」
俺は急上昇。魔物の爪が目の前を通り過ぎる。
「危なっ!」
俺は距離を取った。レオンも魔物へ向かう。
「ユウマ!」
「分かった!」
「正面は俺が引きつける!」
「分かった!」
レオンが魔物の正面へ飛び込む。魔物がレオンへ向きを変える。俺はその隙に高度を上げた。5本の刃を散開させる。上。右。左。後方。そして真下。
「今度はどうだ!」
俺は5本の刃を同時に動かす。あらゆる方向から魔物を狙う。だが――
「またか!」
魔物は空中で身体をひねった。一瞬だけ翼を畳む。刃の間をすり抜ける。そのまま急降下。さらに旋回。また一気に上昇。
「速すぎる……!」
5本の刃が、ことごとく空を切る。
レオンが叫ぶ。
「ユウマ!」
「分かった!」
「こいつは、俺が知っている魔物より明らかに速い!」
「だよな!」
「……少なくとも、黒翼戦騎団で見た飛竜より速いかもしれない」
その言葉に、俺は驚いた。昨日聞いたばかりだった。魔王軍・黒翼戦騎団。魔王軍最強クラスの飛行部隊。それよりも――速い。
「だったら!」
俺は魔物を見る。
「2人でやろう!」
レオンが笑う。
「もちろんだ!」
◇
レオンが正面から突っ込んでいく。魔物の注意がレオンへ向く。俺は一気に高度を上げた。
「今だ!」
5本の刃を、あえて魔物から離れた位置へ浮かせる。魔物がレオンを追う。
俺は待つ。
魔物がレオンへ向かって突っ込んだ瞬間。
「今!」
5本の刃が一斉に動く。魔物の進行方向へ。逃げ道を塞ぐように配置する。
「さあ、どうする!」
魔物が急旋回する。その先にはレオンがいる。
「そこだ!」
レオンが攻撃する。魔物は再び身体をひねる。しかし、その動きでわずかに速度が落ちた。
「もらった!」
俺は5本の刃を一斉に突き出した。1本。2本。3本。魔物の翼をかすめ、4本目が翼の付け根に突き刺さった。
「ギィィィィィッ!!」
魔物が悲鳴を上げる。
「当たった!」
だが、魔物はそのまま飛び続ける。
「まだ動けるのか!」
レオンが追う。魔物は片翼を大きく振る。猛烈な風圧。俺の身体が吹き飛ばされる。
「うわあああっ!」
「ユウマ!」
レオンの飛竜が横から飛び込み、落ちかけた俺の身体を背で受け止めた。
「大丈夫か!」
「……はい!」
「もう一度だ」
レオンが笑う。
「今度は、俺が逃げ道を塞ぐ」
「分かった!」
俺は再び飛び上がる。5本の刃が俺の周囲へ戻ってくる。レオンが魔物へ向かう。
「来い!」
魔物がレオンを狙う。両者の距離が縮まる。その瞬間、レオンが急上昇。魔物も追う。そこへ俺が上から降下する。
「今度こそ!」
5本の刃を一斉に放つ。魔物は避けようとする。右。左。上。しかし、レオンがその進路を塞ぐ。
「ユウマ!」
「分かった!」
逃げ場がない。5本の刃が一斉に突き刺さる。
ズシュッ!
「ギャアアアアアアッ!!」
魔物が大きく羽ばたく。しかし、片翼が動かない。バランスを崩す。
「今だ!」
俺は飛行能力を全開にし、魔物の巨体を一気に下へ押し込んだ。
「うおおおおおっ!」
レオンも同時に突撃する。
「はあああああっ!」
ドォン!!
レオンの攻撃が魔物へ直撃する。巨大な身体が地面へ向かって落下していく。俺も最後まで押し続ける。
ドォォォォォン!!
巨大な身体が地面へ叩きつけられた。土煙が舞い上がる。しばらくして、魔物は動かなくなった。
◇
港町の人々が、恐る恐る建物から出てくる。誰も声を出さない。そして。
「……勝った?」
誰かが呟いた。次の瞬間。
「うおおおおおお!!」
港中から歓声が上がった。
俺は地上へ降りる。レオンも竜から降りてきた。
「……疲れた」
レオンがそう言って笑う。
俺はその場に座り込んだ。
「俺も」
レオンが笑う。
「でも、楽しかったな」
「楽しかった……ですか?」
「ユウマと一緒に戦うのは、初めてだったからな」
そう言われて、俺も笑った。
「俺も」
そこへマルコがやってきた。
「ユウマさん……」
「はい?」
マルコは倒れた魔物を見た。それから俺を見る。
「……やはり、あなたは凄い方ですね」
「いや、今回はレオンがいたからですよ」
俺はレオンを見る。
「一人だったら、たぶん無理でした」
レオンも首を横に振る。
「俺もユウマがいなければ危なかった」
「…………」
「本当に助かったよ、ユウマ」
「こちらこそ」
俺たちは笑った。
そのとき、レオンが倒れた魔物を見つめた。
「……しかし」
「どうした?」
「天翔鳥ガルーダが、ここまで南へ下りてくるのは珍しい」
「珍しいのか?」
「ああ」
レオンは少し考える。
「この辺りに現れるような魔物じゃない」
「じゃあ、どうして……」
レオンは空を見上げた。
「……何かから逃げてきたのかもしれない」
俺も空を見る。青い空に雲ひとつない。昨日までと何も変わらないはずなのに、なぜか少しだけ不穏に見えた。
最後まで読んでいただきありがとうござます。
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