第32話 男の夢、ロボット
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空飛ぶ車。
秘密基地。
巨大ロボット。
「…………」
巨大ロボット?
俺は足を止めた。
「……そういえば」
家へ帰ると、すぐにノートを取り出した。
『死ぬまでにやりたいこと100』
異世界に来てから作った、俺のやりたいことリスト。俺は密かに『イセ100』と呼んでいる。
ページをめくっていく。
そして、見つけた。
『ロボットを作り、乗る』
「…………」
俺はその文字をじっと見つめる。
ロボット。巨大な人型の機械。子供の頃から何度も見て、そのたびに憧れた。当然、一度くらい乗ってみたいと思った。
日本にいた頃なら、「無理だよな」で終わる話だ。でも、ここは異世界。そして俺には飛行能力がある。
「……作れるんじゃないか?」
俺の能力は、自分が飛ぶだけじゃない。離れた物を浮かせ、動かすこともできる。
なら、巨大な鉄の人形を作り、その中に俺が乗って飛行能力で動かせばいい。
「…………」
頭の中に、巨大なロボットの姿が浮かんだ。
太い腕。
巨大な拳。
大きな脚。
厚い胸部装甲。
特徴的な頭。
「……作ろう」
理由?
そんなものは決まっている。
カッコいいからだ。
◇
「ロボット?」
エリーゼが首を傾げた。
「そう」
「なんですの、それ?」
「巨大な人型の機械」
「人型の……機械?」
当然だ。
この世界で生まれ育ったエリーゼが、ロボットなんて知るはずがない。
「人が中に乗るんだよ」
「中に?」
「ああ。それで、こう……」
俺は腕を動かす。
「腕を動かしたり、歩いたり」
「それで何をするんですの?」
「…………」
俺は少し考えた。
「カッコいい」
「質問の答えになっていませんわ」
「大事なことだぞ」
「そうなんですの?」
「ああ」
エリーゼはしばらく俺を見つめる。
「それを……作るんですの?」
「作る」
「どうやって動かしますの?」
「俺の飛行能力」
「…………」
エリーゼは少し考えてから――
「ああ」
納得した。
「ユウマさんなら、できますわね」
「だろ?」
「でも」
「ん?」
「それを作って、何に使いますの?」
「…………」
俺は答えた。
「乗る」
「それだけですの?」
「それだけ」
「…………」
エリーゼがため息をついた。
「ユウマさんらしいですわね」
◇
そこから俺のロボット作りが始まった。
魔法回路もエンジンもない。特別な魔法技術も使わない。巨大な鉄の人形を作り、それを俺の飛行能力で動かすだけだ。だから、見た目にはとことんこだわった。
「腕は太くしよう」
太い方が強そうだから。
「拳はもっと大きく」
大きい方がカッコいいから。
「脚も太く」
安定感がありそうだから。
胸部装甲も厚くした。
頭も特徴的な形にする。
「ユウマさん」
設計図を見ていたエリーゼが言った。
「この部分には、何か意味がありますの?」
「カッコいい」
「……こちらは?」
「カッコいい」
「では、ここは?」
「カッコいい」
「…………」
エリーゼは、それ以上聞かなかった。職人たちにも協力してもらい、巨大な鉄の部品を次々と作っていく。
当然、金が飛んだ。それも、ものすごい勢いで。
ある日、エリーゼが帳簿を持ってきた。
「ユウマさん」
「はい」
「これ……」
「はい」
「ほとんど財産を使っていません?」
「…………」
俺は視線を逸らす。
「夢って、お金かかるんだな」
「そういう問題ですの?」
だが、ここまで来てやめられるわけがない。
数週間後、ついにロボットの組み立てが終わった。
巨大な鉄の身体。
太い腕。
巨大な拳。
大きな脚。
厚い胸部装甲。
そして、特徴的な頭。
「…………」
俺はしばらく見上げる。
形はいい。
かなりいい。
でも。
「……なんか足りないな」
「まだ何かするんですの?」
エリーゼが呆れたように聞いてくる。
「色だ」
「色?」
「ああ」
今のままでは、ただの巨大な鉄の塊だ。
ロボットというのは――
色まで含めてロボットなのだ。
「塗ろう」
「まだお金を使いますの?」
「必要経費だ」
「これまでにも何度も聞きましたわ、その言葉」
俺は職人たちと相談しながら、塗装を始めた。
胸。
肩。
腕。
脚。
巨大な身体に、少しずつ色が入っていく。
一色ではつまらない。
いくつかの色を組み合わせ、装甲ごとに塗り分ける。頭部にもアクセントを入れた。
数日後。
塗装を終えたロボットが、俺の前に立っていた。
「…………」
塗る前とは全然違う。
鉄の人形だったものが、完全にロボットになった。
「……カッコいい」
「ユウマさん」
「ん?」
「先ほどから、それしか言っていませんわ」
「だってカッコいいんだから仕方ないだろ」
エリーゼは小さくため息をついた。
「男の方というのは、よく分かりませんわ」
俺は胸部に作った操縦席へ乗り込む。
飛行能力を発動。
巨大な右腕が動く。
左腕。
脚。
そして、巨大な拳を握る。
「動く……!」
俺は思わず笑った。
「動くぞ!」
子供の頃に想像したものが、今、俺の思い通りに動いている。
『ロボットを作り、乗る』
――クリア。
◇
問題は、完成したあとだった。
「…………」
俺はロボットを見上げる。
作った。
乗った。
動いた。
夢は叶った。
だが、問題が一つある。
「これ、何に使おう」
「今さらですの?」
エリーゼの言葉が刺さる。
「いや……作ることしか考えてなかった」
「でしょうね」
これだけ金を使ったんだ。
せっかくなら、何かに使いたい。
俺は考え、そして思いついた。
「配達だ」
「配達?」
「ああ」
俺はロボットを見上げる。
「ロボット便だ!」
「…………」
エリーゼが首を傾げる。
「なんですの、それ?」
「ロボットで荷物を届ける」
「普通にユウマさんが届ければいいのでは?」
「違う」
「何がですの?」
「ロボットが来るんだぞ?」
「…………?」
分かってない。
これは説明して分かるものじゃない。
見れば分かる。
たぶん。
◇
こうして、新サービス『ロボット便』を始めた。
内容は簡単だ。
依頼人のところへ巨大ロボットが荷物を取りに行き、そのまま届ける。
以上。
速さだけなら、俺が普通に飛んだ方がいい。荷物の積載量なら、空飛ぶ車の方が便利だ。
つまり、実用上のメリットはほとんどない。
それでも、ロボットが来る。それだけだ。
「…………」
初日。
依頼――ゼロ。
2日目。
ゼロ。
3日目。
ゼロ。
「…………」
俺は受付場所で頬杖をついていた。
「なんで誰も頼まないんだ」
「普通に配達を頼めばいいからでは?」
エリーゼが冷静に答える。
「ロボットが来るんだぞ?」
「だから、それの何がいいんですの?」
「…………」
俺は初めて気づいた。
もしかして、女性には伝わらないのか?
◇
そんな日が続いたある日、俺のところへ1人の貴族がやってきた。以前から何度も配達を頼んでくれている常連だった。
「ユウマ殿」
「はい」
「聞いたぞ」
「何をです?」
「その……ロボット便というものを始めたそうだな」
「はい!」
ついに来た。
「ご利用ですか?」
「いや……まあ……」
貴族は少し困ったような顔をする。どうやら俺がまったく依頼をもらえていないという話を聞いたらしい。
「いつも世話になっているからな。一度くらい頼んでみよう」
付き合い。
完全に付き合いだった。
それでも、初めての依頼だ。
「ありがとうございます!」
初めての依頼だ。
◇
翌日。
俺はロボットに乗って、貴族の屋敷へ向かった。
――ズン。
――ズン。
巨大なロボットが屋敷の前へ現れる。使用人たちが唖然としている。依頼した貴族も、玄関から出てきた。
依頼した貴族はロボットを見上げた。
「…………」
「どうしました?」
「…………ユウマ殿」
「はい」
貴族の目は少年みたいに輝いていた。
「これは……」
ロボットを見上げる。
「すごいな」
「ですよね!」
「これが……私の荷物を運ぶのか?」
「はい」
「この……ロボットが?」
「はい!」
「…………」
貴族は笑った。
「これはいい」
分かってくれた。
この人は分かってくれた。
荷物を受け取る。
そして俺は、ロボットを飛ばした。巨大な鉄の身体が、屋敷からゆっくりと浮かび上がる。
そのまま町の上空へ。当然、目立った。ものすごく目立った。
「なんだ、あれ!?」
「人の形をしてるぞ!」
「鉄でできてるのか!?」
「飛んでるぞ!」
町中の人々が足を止め、空を見上げる。誰も、あれが何なのか知らない。少なくとも、この町の人たちはロボットというものを知らない。
それでも、特に男たちの反応がすごかった。
「…………」
「なんか……」
1人の男が呟いた。
「カッコいいな……」
「分かる」
「なんだろうな。よく分からないけど……カッコいい」
「あれ、荷物持ってないか?」
「配達してるのか?」
「そういえばユウマが『ロボット便』っていうのを始めたらしいぞ」
「ロボット?」
「あれがロボットっていうのか?」
「たぶん」
男たちは、空を飛んでいく巨大な鉄の人形を見上げる。
「…………ロボット」
その日、この町の男たちは初めて『ロボット』というものを知り、理由も分からないままそのカッコよさに魅了された。
それを境に、状況が一変した。
◇
「ロボット便を頼みたい!」
「俺も!」
「明日は空いてるか!?」
「ちょっと待って! 順番!」
注文が殺到した。
昨日までゼロだったのに。
貴族、商人、職人、冒険者。なぜか依頼人の大半は男だった。
その中でも特に流行った依頼があった。
「息子の誕生日なんだ」
「はい」
「プレゼントを――」
父親が俺を見る。
「ロボットで届けてくれないか?」
「任せてください」
◇
男の子の誕生日。
家の前には家族が集まっていた。
「お父さん、プレゼントは?」
「もうすぐ来るぞ」
「どこから?」
そのとき。
空から巨大な影が降りてきた。
――ズン!!
「…………!」
男の子の目が大きくなる。
ロボットがゆっくりと膝をつく。
そして――
巨大な手を差し出した。
その手の上には――
綺麗に包まれた、誕生日プレゼント。
「…………」
男の子はしばらく動かなかった。
そして――
「うわぁぁぁぁぁぁ!!」
飛び跳ねた。
「ロボットだぁぁぁぁ!!」
父親は満足そうに頷いている。
母親は――
「普通に渡せばいいじゃない」
冷静だった。
父親が答える。
「分かってないな」
「何が?」
父親はロボットを見上げる。
そして、胸を張った。
「男のロマンだ」
「…………」
その言葉は、なぜか流行った。
◇
「わざわざロボットで運ぶ必要あります?」
「男のロマンだ」
「普通の配達の方が早くありません?」
「男のロマンだ」
「お金も余計にかかるでしょう?」
「男のロマンだ」
町のあちこちで聞くようになった。女性たちは冷ややかな目で見る。男たちはロボットを見上げて目を輝かせる。
「……すごいことになりましたわね」
エリーゼが呟く。
「やっと時代が俺に追いついた」
「そういうことなんですの?」
こうして、ロボット便は町のちょっとした名物になった。
◇
そんなある日、町の外から轟音が響いた。
――ドォォォン!!
「なんだ!?」
地面が揺れる。
城壁の向こうから、人々の悲鳴が聞こえた。
「モンスターだ!」
「巨大なモンスターが出たぞ!」
俺とエリーゼが顔を見合わせると、町の男たちが一斉に俺を見た。
「…………」
「…………」
嫌な予感がした。
「ユウマ!」
1人の男が叫ぶ。
「ロボットの出番だ!」
「おおおおおおお!!」
歓声が上がった。
「ロボットが戦うぞ!」
「ついに戦うのか!」
「絶対強いぞ!」
「頑張れ、ロボット!」
男たちの熱気がすごい。
男の子たちまで目を輝かせている。
「…………」
俺も少しその気になってきた。
「……行くか」
「ユウマさん」
エリーゼが不安そうに俺を見る。
「大丈夫ですの?」
俺はロボットを見上げる。
巨大な拳。
厚い装甲。
この日のために作ったわけじゃない。
でも。
「いけるだろ」
俺は操縦席へ乗り込んだ。
男たちの歓声を背に、ロボットが歩き出す。
――ズン。
――ズン。
「行けぇぇぇ!」
「ロボットぉぉぉ!!」
町の外へ出る。
そこには巨大なモンスターがいた。
俺は巨大な拳を握らせる。
「よし」
ロボットを前進させた。
「行くぞ!」
拳を振るう。
――ドゴォン!!
巨大な拳がモンスターに直撃する。
「おおおおおお!!」
遠くから男たちの歓声が聞こえる。
「効いてる!」
俺も思わず叫ぶ。
「いける!」
もう1発。そう思った次の瞬間、モンスターの巨大な腕が振るわれた。
――ガァァァン!!
「うおっ!?」
ロボットの身体が大きく傾く。
鉄板が歪んだ。
「ちょっ――」
さらに一撃。
――バキィッ!!
ロボットの腕が――
吹き飛んだ。
「…………え?」
遠くで男たちの歓声が止まり、誰も声を出さなくなった。
モンスターが突進してくる。
「待っ――」
――ドォン!!
胸部装甲が砕けた。
ロボットが倒れる。
――ズズゥゥゥン……。
土煙が舞う。
「…………」
静寂。
俺は砕けた胸部の隙間から飛び出し、地面へ降りた。
俺は壊れたロボットを見る。
数週間。
ほとんどの財産。
何度も描き直した設計図。
職人たちと作り上げたロボット。
町の空を飛び。
子供たちにプレゼントを届け。
男たちが目を輝かせた――
俺のロボット。
それが。
目の前で壊れている。
「…………」
何かが俺の中で切れた。
「よくも俺のロボットを壊しやがったな!!」
「今のは痛かった……痛かったぞーーーっ!!!!」
俺は飛び上がった。
一気に上空へ。
「ふざけんなぁぁぁぁぁ!!」
怒りに任せて、飛行能力を全開にし、その巨体を強引に上空へと持ち上げる。
さらに上へ。
さらに遥か上空へ。
モンスターの姿が、地上から豆粒のように小さくなる。
「うおおおおおおおおっ!!」
そこで俺は飛行を解除した。
モンスターは重力に引かれ、真っ逆さまに落下していく。
――ドォォォォォン!!
大地が大きく揺れた。
土煙が舞い上がる。
地面には大きな陥没ができ、その中心には――原形をほとんど留めていないモンスターが、色々なものを飛び散らせながら息絶えていた。
「…………」
「…………ユウマさん」
「…………」
俺は、ゆっくりと周囲を見渡した。観客たちは、モンスターの変わり果てた姿を見てドン引きしている。
そこで我に返った。
「……やりすぎた」
「はい」
「……怒りに任せて、またやりすぎた」
「はい」
「…………」
「…………」
「……ごめん」
「誰に謝っていますの?」
「……モンスター」
「もう聞こえていませんわよ」
「…………」
俺は少し離れたところに転がっている壊れたロボットを見る。
「……でも、俺のロボット……」
「そこは怒るんですのね」
「だって……」
俺は壊れたロボットを見つめる。
「……せっかく作ったのに」
「…………」
「…………」
俺は拳を握った。
「……直そう」
「まだ作るんですの?」
「ああ」
俺は壊れたロボットを見ながら笑った。
「実験はこれからだ」
◇
その日から、ロボット便はしばらく休止することになった。理由は単純で、ロボットが壊れたからだ。
あれほど町を騒がせた男たちのロボット熱も、少しずつ冷めていった。
「男のロマン」
そんな言葉が町中で飛び交っていたのも、ほんの少し前のこと。壊れたロボットは、修理を待ちながら静かに横たわっている。
俺はその姿を見つめた。
「…………」
絶対に直す。
せっかく作ったんだ。
これで終わりにはしない。
ただ、ロボット便が再開するのは、もう少し先になりそうだった。
最後まで読んでいただきありがとうござます。
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