第29話 ダンジョン攻略、あっさり終わる
この技すごい強いと思うんだ。
最深部。目の前には、鋼のような鱗に覆われた巨大な魔獣、ベヒモス。低い唸り声が広い空間に響く。
ルナが剣を構え、ノアも杖を握る。エリーゼの周囲には魔力が集まり始め、クロも低く身を伏せている。全員が警戒する中、俺だけは別のことを気にしていた。
《飛行(Lv50)》
さっきまでとは、明らかに感覚が違う。これまでは、どこかに壁があった。この高さまで、この時間まで、この重さまで、この数まで。でも今は、その“ここまで”という感覚がない。
「……本当に、なくなったのか?」
「ユウマ?」
エリーゼがこちらを見る。
「ちょっと試したいことがあります」
「今ですの?」
「今しかないので」
「相変わらずですわね……」
褒められてはいないと思う。
俺は腰の鞄から細長い刃を5本取り出した。柄はなく、両側に刃がついた細い投射用の武器。ユウマ手裏剣のように回転させるものではない。真っ直ぐ飛ばして、突き刺すためだけの形だ。
エリーゼが眉を上げる。
「それは何ですの?」
「新しく作ってもらった武器です」
「またですの?」
「名前はまだないです」
「そこは考えていませんのね」
今回は勢いで名前を付けなかった。成長したと言ってほしい。
5本を宙へ浮かせる。
1本。
2本。
3本。
ここまでは今まで通り。
4本目。
浮く。
5本目。
――浮いた。
「……動く」
5本全部をそれぞれ別の位置に置ける。角度も変えられる。少しずつ動かしても問題ない。
「5本とも動いてる……」
ルナが驚いた声を上げる。
ノアも目を細める。
「……前は3本までだったよね」
「そう」
俺は5本を自分の周囲に展開した。
どうやら本当に、数の壁が消えている。ただし、無限に何本でもという感覚ではない。動かせば動かすほど魔力は減る。できることが増えただけで、魔力そのものが無限になったわけではない。そんな都合のいい話はない。
ベヒモスが吠え、空気が震える。次の瞬間、巨体がこちらへ突っ込んできた。
「来ます!」
ルナが叫ぶ。
速い。あの大きさで、その速度は反則だろ。床が揺れる。エリーゼが魔法を放とうとした。その前に、俺は5本の刃へ意識を集中させる。
まずは少しだけ。
「行け」
5本が前へ出る。速い。でも、まだ余裕がある。もっといける。魔力を流す。さらに、さらに。刃の速度が上がる。今までなら、ここまでだったという感覚があった。今はない。魔力を入れれば入れるほど速度が伸び、威力も増しているのが分かる。
「これ、そういうことか……!」
Lv50で固定された限界がなくなった。代わりに、どこまで出せるかは俺の魔力量次第。
ベヒモスが迫る。俺は狙いを頭部へ絞った。硬い鱗。普通の攻撃なら簡単には通らない。
「だったら」
一点。そこへ集中。
「いけ!」
5本が一斉に加速した。
空気を切る高い音。
1本目が額の鱗へ突き刺さる。
2本目。
3本目。
同じ場所へ続く。
4本目がさらに深く入り。
5本目が、その奥を貫いた。
ベヒモスの巨体が止まる。
ほんの一瞬。
そのまま。
前へ崩れた。
ドォンッ!
床が大きく揺れる。
沈黙。
「……」
誰も動かない。
ルナがぽつりと言った。
「……あっさり」
ノアが続く。
「……お疲れ様」
「5日かかったのに最後だけ早いな」
自分で言っておいて。
ちょっと悲しくなった。
ベヒモスの死体はその場に残っていた。消えたりはしない。近づいてみると、改めて大きい。
「この角、売れますよね?」
頭部から伸びた大きな角を指す。
ノアが頷いた。
「……かなり高いはず」
「持って帰ろう」
「そこは即決なんですね」
ルナに笑われた。
素材は大事だ。空飛ぶ車に、貯金のほとんどを使ったばかりだから。
そして、ベヒモスの死体とは別に、部屋の奥で重い音がした。石壁の一部が開き、その中から大きな宝箱が現れる。
「こっちが攻略報酬か」
ルナが目を輝かせる。
「開けましょう!」
「罠は?」
ノアが確認する。
さすが慎重。
調べた結果、問題なし。蓋を開ける。中に入っていたのは古びた腕輪だった。派手ではなく、金でもなく、宝石もついていない。
「……地味ですね」
「見た目で判断してはいけませんわ」
エリーゼが腕輪を手に取る。簡単な鑑定を頼むと、その場にいた全員の表情が変わった。魔力消費を大幅に抑える効果。およそ半分。
「半分?」
聞き返した。
「ええ。かなり希少な品ですわ」
「それ、俺が使ったら……」
試しに腕へつける。
そして。
少し浮く。
「……軽い」
浮遊剣も動かす。
5本。
さっきと同じように。
でも。
減り方が明らかに違う。
「これ、すごいな」
能力そのものが2倍になるわけではない。魔力消費が半分になる。だから同じ魔力量なら、結果として長く使える。重いものも、長距離も、空飛ぶ車も、全部今までより現実的になる。
戦利品を整理する。道中で拾った素材、宝箱から出た道具、ベヒモスの角。全部を公平に分けることにした。
その中で、エリーゼが腕輪を俺に差し出す。
「これは、あなたが持つべきですわ」
「いいんですか?」
「一番有効に使えるのはあなたでしょう」
ルナも頷く。
「私も賛成です」
ノアも。
「……同意」
「じゃあ、ありがたく」
受け取った。クロは興味なさそうに毛づくろいしている。お前は本当に自由だな。
最深部を出ようとした時、床の魔法陣が光った。次の瞬間、視界が白くなる。そして気づけば、ダンジョンの入口に立っていた。
「……戻った?」
ルナとノアが周囲を確認する。
「……入口」
俺は天井を見上げた。
「帰り5日じゃなくてよかった……」
全員が深く頷いた。
外に置いていた空飛ぶ車へ乗り込み、いつものように車体を浮かせる。
「おお……」
軽い。明らかに違う。車体、4人とクロの体重、荷物。それでも魔力の減り方が今までよりずっと小さい。
「これなら、かなり遠くまで行けそうだ」
エリーゼがため息をつく。
「また変なものを作りそうな顔ですわね」
「まだ何も言ってないですよ」
「顔で分かりますわ」
失礼な。でも、否定できない。
王都へ戻った翌日、冒険者ギルドへ報告に行った。受付でベヒモス討伐と攻略日数を伝えると、受付嬢の動きが止まった。
「……ベヒモス?」
「はい」
「討伐?」
「はい」
「初攻略で?」
「はい」
「5日で?」
「はい」
受付嬢が奥へ走った。
「ギルドマスターを呼んできます!」
「毎回この流れになるな」
エリーゼが少し笑う。
「あなたが毎回おかしなことをするからですわ」
ギルドマスターに呼ばれ、詳しい状況を説明した。ベヒモスの角、その他の素材、道中で見つけた品。査定額を聞く。
「これ全部売れば……空飛ぶ車にかけた金くらいにはなりそうですね」
ノアが小さく言う。
「……高い買い物だったのに、元が取れた」
「元は取れてない。まだ車残ってるから」
「……それもそう」
ギルドマスターが書類を置いた。少し間を置く。
「ユウマ。お前はCランクだ」
「飛びすぎでは?」
「異例だが、実力が伴っている。文句を言う者もいないだろう」
確かに、ベヒモスまで倒した直後だ。文句を言われても困る。
ルナとノアはDランクのまま。
「私たちは、まだDでいいです」
「……同意」
ギルドマスターも頷く。2人らしい判断だった。
帰り道、俺は一人で満足げに頷いていた。
「これでイセ100のうち、5個クリアだな」
エリーゼがこちらを見る。
「イセ100ってなんですの?」
「ああ」
そういえば、口にしたのは初めてだった。
「俺が、死ぬまでにやってみたいことのリストです」
「今回の5個とは?」
指を折る。
「空飛ぶ車」
1つ。
「ダンジョン攻略」
2つ。
「貴重なアイテム発見」
3つ。
「ギルドに驚かれる」
4つ。
そして。
「ハーレムパーティー」
5つ。
エリーゼが止まった。
「ハーレムってなんですの?」
「……なんでもないです」
墓穴を掘る前に話を切り上げた。ルナが何か聞きたそうな顔をしていたが、見なかったことにした。
その翌日、宿舎へ王城から使者が来た。使者は何も答えなかった。嫌な予感というより、もう慣れてきた。
――現在の飛行スキル――
《飛行(Lv50)》
最高高度:――
滞空時間:――
固定上限なし。
性能は投入する魔力量に依存。
できること:
・安定した高速飛行
・長距離飛行
・高速域での急上昇・急降下・急停止
・荷物を持った状態での飛行
・他者の遠隔飛行
・生物への遠隔飛行
・複数対象の同時制御
・無機物の位置・角度・姿勢制御
・無機物の回転制御
・回転させながらの高速移動
・浮遊剣
・ユウマ手裏剣
・天空落とし
・5本の刃の同時精密制御
Lv50到達により、高度・滞空時間・重量・対象数などの固定的な上限感覚が消失。ただし魔力そのものは有限であり、性能・持続時間は消費魔力量に左右される。
装備:
かなり希少な腕輪
効果:魔力消費量を約50%軽減
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