第26話 姫のマリッジブルーと、秘密の絆
なんかお姫様との秘密のLOVEが始まりそうですが、それはありません。
姫の一行が国境を越え、アルヴェイン王国の王都へ向かい始めた。俺の役目は、空から周囲を警戒すること。
とはいえ――
「暇だな……」
「にゃあ」
上から見る護衛の仕事は、思っていた以上に暇だった。ずっと飛び続けるわけではない。
先行して街道を確認し、一行へ戻る。地上で休憩して魔力を回復したら、また上空へ。それの繰り返しだ。
何も起きないのが一番いい。分かってはいる。でも、暇なものは暇だった。
旅の途中、休憩時に姫と少し話す機会が増えた。
「ユウマ様」
「はい」
「空から見ると、この国はどのように見えますか?」
「広いですよ。地上にいるより、ずっと」
「……そうですか」
姫は遠くの山を見る。
「ユウマ様は、好きな場所へ行けるのですね」
「まあ……魔力が続けば」
姫が少し笑った。
「そういう意味ではありません」
「違いました?」
「ええ」
結局、その意味は聞けなかった。姫は、結婚そのものを嫌がっているようには見えなかった。一度、王太子について聞いたことがある。
「どんな人なんです?」
「誠実な方だと伺っています」
「会ったことは?」
「正式には、まだ」
政略結婚。そう言ってしまえば、それまでなのかもしれない。でも、姫が気にしているのは相手のことだけではないようだった。
出発から4日目。その日の宿泊予定地は、小さな町の近くだった。俺が先行偵察から戻ると、何かがおかしい。騎士たちが走り回っている。
「どうしました?」
護衛隊長が振り返る。
「姫殿下がいない!」
「え、さっきまでいたでしょう?」
「だから探している!」
「怒られた」
「今はそういう場合ではない!」
ですよね。
騎士たちは街道や林を探している。俺は上を見た。こういう時こそ、空から探した方が早い。
「俺も探します」
浮上して高度を上げる。街道、森、川、近くの丘。
「あ」
いた。丘の上に一人で座っている。
ゆっくり降りると、姫がこちらを見る。
「……見つかってしまいましたね」
「見つけました」
しばらく沈黙が続き、姫が小さく息を吐いた。
「すぐ皆を呼びますか?」
俺は姫の顔を見る。逃げようとしている顔には見えない。ただ、疲れている。
「その前に、少し話します?」
姫は驚いたように俺を見た。そして――
「……はい」
丘からは、遠くまで景色が見えた。
「結婚が嫌なのではありません」
姫が先に言った。
「はい」
「王太子殿下が嫌なのでもありません。お優しい方だと聞いています」
「はい」
「ただ……」
言葉が止まる。
「生まれた国を離れて、知らない国で、一生を過ごすのだと思ったら」
「急に怖くなったのです」
姫はずっと前を見ていた。静かな声だった。泣いてはいない。だから余計に、ずっと我慢していたのだと思った。
「怖いなら、怖いって言っていいんじゃないですか?」
姫がこちらを見る。
「王女でも?」
「王女でも」
「……簡単に言いますね」
「俺なんて、知らない森に突然落とされましたからね」
「……落とされた?」
「そこは長くなるので」
姫が吹き出した。初めて、本当に笑ったように見えた。
しばらくして、姫が空を見上げる。
「ユウマ様」
「はい」
「一つだけ、わがままを言ってもよろしいですか?」
嫌な予感。最近この流れをよく聞く。
「内容によります」
「空を飛んでみたいのです」
「……護衛に怒られるやつですね」
「では秘密に」
「王族って、みんなこうなんですか?」
国王を思い出した。血筋なのかもしれない。
「まず3メートルくらいで」
「もっと高く」
「やっぱり王様と同じだ」
「何か?」
「なんでもないです」
姫の身体を遠隔で浮かせる。
ふわり。
足が地面から離れる。
「……わ」
俺も横へ浮かぶ。最初は低く、ゆっくり。慣れてきたところで少しずつ高度を上げる。
「怖くないですか?」
「少し」
「降ります?」
「いいえ」
即答だった。丘を越え、森の上へ。遠くには小さな湖が見える。姫の目がずっと動いている。
「世界は、こんなに広かったのですね」
「地上から見るよりは」
「あの道は、どこへ続いているのでしょう」
指さした先に細い道がある。
「行ってみます?」
姫が俺を見る。少し迷って――
「……はい」
その一言が、たぶん今日初めて姫自身で決めた行き先だった。
途中で休憩を挟みながら数時間、俺たちは遠くへ行きすぎない範囲で空を回った。湖、森、小さな村、丘の向こうの景色。ただ見るだけで、何か特別なことをしたわけじゃない。でも姫は、王女ではなく普通の女の子みたいに楽しそうだった。
「そろそろ戻ります?」
俺が聞く。姫は空を見上げ、少しだけ長い沈黙を置いた。そして――
「……はい。戻ります」
その声に迷いはなかった。俺が連れ戻したわけではない。姫が自分で決めた。それでいい気がした。
戻ると、当然ながら大騒ぎだった。
「どこへ行っていた!」
護衛隊長が俺を見る。
「ちょっと、その……空を」
「空!?」
「わたくしがお願いしたのです」
姫が前に出た。
「姫様、それ言ったら秘密じゃなくないですか」
「行き先は秘密です」
「そこだけなんだ」
護衛隊長は頭を抱えていた。俺も少し怒られ、姫はもっと怒られた。でも、最後まで今日の本当の話はしなかった。
その夜、姫に呼び止められた。
「ユウマ様」
「はい」
「今日のことは、わたくしたちだけの秘密にしてください」
「どこまでです?」
「どこへ行ったか」
「はい」
「何を話したか」
「はい」
「わたくしが怖いと言ったことも」
「了解です」
姫が微笑む。今度は、ドレスを届けた時に見た笑顔よりずっと自然だった。
翌朝、姫は馬車へ乗る前に俺を見た。
「王太子殿下は、どのような方なのでしょうね」
「会ったことないんですよね?」
「ええ」
「じゃあ、会ってから考えればいいんじゃないですか」
「また簡単に言いますね」
「難しく考えても、会うまでは分からないので」
姫が笑う。昨日までより少しだけ顔が軽くなっていた。その後の旅は、何事もなく進んだ。
婚礼前日、姫の一行は無事に王都へ到着した。俺の護衛任務も終了。
そして、長時間の遠隔飛行、細かな高度調整、姫の速度に合わせた並行飛行。その積み重ねで――
《飛行(Lv49)》
「上がった」
最高高度の感覚も伸びている。500メートル。滞空時間は120分。固定された限界はまだある。でも、かなり遠くまで来た。
婚礼は予定通り執り行われた。俺は式の中心人物でもないので、遠くから見ただけだ。姫は笑っていた。あの日の丘で見た顔とは違う。少なくとも、自分で戻ると決めた人の顔だった。
王都へ戻ったあと、俺は久しぶりに何も予定のない時間を過ごしていた。王様、竜騎士、毒の村、セレスティア王国、王女の護衛。最近、仕事が大きくなりすぎている。
「……そろそろ、自分がやりたいこともやっていいよな」
「にゃあ」
そういえば、異世界に来たら一度やってみたかったことがある。
「ダンジョン攻略……やってみたい」
――現在の飛行スキル――
《飛行(Lv49)》
最高高度:500m
滞空時間:120分
できること:
・安定した高速飛行
・長距離飛行
・高速域での急上昇・急降下・急停止
・荷物を持った状態での飛行
・他者の遠隔飛行
・生物への遠隔飛行
・物体の遠隔飛行
・外部3対象まで同時制御
・無機物の位置・角度・姿勢制御
・無機物の回転制御
・回転させながらの高速移動
・浮遊剣
・ユウマ手裏剣
・天空落とし
他者を長時間遠隔飛行させながら並行飛行したことで、高度・速度・距離の安定性がさらに向上。
最後まで読んでいただきありがとうござます。
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