第25話 花嫁のドレス、配達します
お姫様って実際はなりたくないですよね。
自由がいちばん
王都へ戻った翌日、王城から使者が来た。
「ユウマ殿。陛下がお呼びです」
「……今度は何です?」
「セレスティア王国へ届けていただきたい品があるそうです」
配達。それなら本業だ。そう思って王城へ向かった。この時の俺は、ちょっとした荷物を届けるくらいに考えていた。
「これだ」
王の前に置かれたのは、大きな箱だった。箱というより、人一人くらい入りそうな専用ケース。頑丈そうな外装に、防水用らしい加工までされている。
「中身は?」
「婚礼衣装だ」
「婚礼衣装?」
王太子がセレスティア王国の姫と結婚する。婚礼は10日後。そのために用意された花嫁のドレスらしい。
「本来なら、もっと早く完成する予定だった」
大臣が説明する。
「最終調整に予想以上の時間がかかりましてな」
「なるほど」
「隣国の王都までは、馬車でおよそ7日。今から通常の輸送では、姫君の出発準備に間に合いませぬ」
だから俺か。
「ユウマなら、どれほどかかる?」
王に聞かれる。
頭の中で計算する。距離、今の速度、魔力、荷物。しかも今回は、絶対に雑には扱えない。
「休憩なしなら8時間くらい……いや、無理ですね」
「無理?」
「飛ぶだけならともかく、これをずっと水平に保ちながら飛ばすので。途中で魔力を回復しないと危ないです」
大臣が頷く。街道沿いにある町の名前を教えられる。王家と付き合いのある宿も手配してくれるらしい。
「それなら、明日には届けられます」
馬車で7日。俺なら1泊2日。改めて考えると、飛行は配達に向きすぎている。
「よし。頼んだぞ」
「はい」
「それと、ユウマ」
「はい?」
王の顔が真剣になる。
「絶対に汚すなよ」
「……」
「絶対に、だ」
「急に怖くなってきたんですけど」
ワイバーンを相手にした時より緊張する。もう一つ、王から頼まれたことがあった。
「帰りは、姫君の一行と合流してくれ」
「護衛ですか?」
「正確には上空からの見張りだな。正式な護衛隊は別にいる」
姫の一行は、婚礼に合わせて隣国からこちらへ向かう。俺はその上空から周囲を確認し、何かあった時に動く。王都空中機動部隊の特別協力員としての仕事らしい。
「配達のついでに護衛まで増えた」
「不満か?」
「いえ。帰り道なので」
「なら頼んだ」
話が早い。王城を出ると、エリーゼが待っていた。
「話は聞きましたわ」
「早いですね」
「今回は、わたくしは行きませんわ」
思わず足が止まった。
「珍しいですね」
「どういう意味ですの?」
「いや、なんでもないです」
エリーゼは少しだけ眉を寄せる。
「一刻も早く届けるのでしょう? わたくしまで飛ばせば、その分あなたの魔力を消費しますもの」
「ちゃんとした理由だった」
「失礼ですわね!」
でも、その通りだ。今回は速さが最優先。俺自身とドレスケース、それだけに魔力を集中した方がいい。
「では、気をつけて行ってらっしゃいませ」
「はい。明日には戻れる……いや、護衛があるからもう少しか」
「無茶はしないこと」
「分かってます」
「絶対ですわよ」
王様といいエリーゼといい、今日は念押しされる日らしい。
足元を見ると、クロが座っていた。
「お前も行くの?」
「にゃあ」
「聞くだけ無駄だった」
出発。ドレスケースを遠隔で浮かせる。傾けない。揺らさない。急加速しすぎない。
「絶対に汚すな……絶対に汚すな……」
「にゃあ」
「分かってるよ」
クロにまで言われた気がした。王都の城壁を越え、街道を目印に南へ進む。町、森、畑、川。景色が次々と後ろへ流れていく。普段ならもっと速度を出せる。でも今回は、ケースを常に水平に保つことを優先した。
1時間ほど飛ぶごとに地上へ降り、水を飲み、食事を取り、魔力が戻るのを待つ。そして、また飛ぶ。戦っているわけでも、難しい操作をしているわけでもない。ただ、長い。ひたすら長い。これまでの配達とは距離が違った。
夕方、大臣から教えられた中継都市へ到着した。王家が手配してくれた宿へ向かう。当然ながら、宿の人間は俺より先にドレスケースを見た。
「こちらが、王家よりお預かりしているお荷物で?」
「はい」
「すぐに鍵のかかる部屋をご用意いたします」
「俺もそこに泊まれます?」
「……はい?」
「いや、目を離したくないので」
国王の言葉が頭から離れない。絶対に汚すな。絶対に。
食事を終えて部屋へ戻る途中、廊下で酔った商人らしい男たちと鉢合わせた。
「おい、あれが王家の荷物か?」
「でかい箱だな。何が入ってる?」
「言えません」
「ちょっと見るくらいいいだろ」
「駄目です」
一人がケースへ近づこうとする。俺はケースごと、ふわりと天井近くまで浮かせた。男たちが見上げる。酔いは一瞬で覚めたらしい。
宿の人が飛んできて、男たちはそのまま連れていかれた。大した騒ぎにはならなかった。でも、やっぱり目を離せない。
その夜、俺はベッドの横にドレスケースを置いた。そして少し考え、ベッドとケースを見比べる。
「……抱いて寝るか?」
「にゃあ」
クロが呆れたように鳴いた。
「だって王様に2回言われたんだぞ」
結局、抱いては寝なかった。でも夜中に3回起きて確認した。
翌朝、日の出とともに出発して国境を越える。もちろん、事前に王家から話は通っている。検問でも止められることなく、そのままセレスティア王国へ入った。そこからさらに数時間。ようやく大きな城壁が見えてきた。セレスティア王国の王都。
「着いた……」
馬車なら7日。俺は1泊2日。かなり慎重に飛んだつもりでも、この差だ。王城へ向かうと、すでに話は伝わっていた。門をくぐる。中庭には一人の男が立っていた。飾り気のない服装。落ち着いた立ち姿。腰に剣を下げているが、威圧感はほとんどない。男は俺の抱えている箱へ目を向けた。
「それが、姫殿下の花嫁衣装か」
「はい。アルヴェイン王国からお届けに来ました」
「君が、飛行の固有スキルを持っているという配達屋だな」
「一応、そうです」
「人を乗せたままでも飛べると聞いた」
「はい。長距離になると、途中で休憩は必要ですけど」
男が静かに頷く。
「なるほど。レオンが目をかけるわけだ」
そう言ってから、男は改めて俺を見た。
「俺はアレクシス・レイヴァンだ」
一瞬、聞き覚えのある名前だと思い、すぐに思い出す。この人が、レオンでも一度も勝てなかったという剣士か。もっと、見るからに強そうな人を想像していた。筋肉の塊でも、全身から殺気を放っているわけでもない。町ですれ違っても、たぶん気づかない。もちろん、そんなことを本人に言うほど失礼ではない。
「レオンさんから、一度も勝ったことがない相手だと聞きました」
「……あいつは、余計なことを話すな」
否定はしなかった。アレクシスは、俺が抱えている箱へ目を戻した。
「本来なら俺も婚礼に同行する予定だったが、国境付近で魔物の目撃が増えている」
「魔物が?」
「まだ大きな被害は出ていない。だが、念のため俺は国境へ戻る」
アレクシスが俺を見る。
「姫殿下の上空は、あなたが守ると聞いている」
「はい。何かあったときは、必ず守ります」
「なら、任せる。こちらだ」
アレクシスに案内され、城内へ入る。騎士、侍女、役人。何人もの人が待っていた。
「本当に、もう届いたのか……?」
「はい」
「昨日、王都を出たと聞いているが」
「昨日出ました」
ざわつく。俺としては、何より確認したいことがある。
「中身、確認してもらえます?」
ケースが開けられる。何重にも包まれた布の中から、純白のドレスが姿を見せた。汚れなし。破損なし。皺も問題ないらしい。
全身の力が抜けた。
「よかった……」
「そこまで心配していたのですか?」
声がした。振り返ると、一人の女性が立っていた。華やかな衣装に整った顔立ち。周囲の侍女たちの態度を見るだけで、誰なのか分かる。この人が、明日この国を離れる姫だ。
「初めまして。ユウマと申します」
「ええ。あなたのことは伺っています。空を飛ぶ配達屋さんでしょう?」
「最近、それ以外の仕事も増えてますけど」
姫が小さく笑う。柔らかい笑顔だった。ただ、ほんの少しだけ表情が硬いような気がした。婚礼前だから緊張しているのだろう。その時は、それくらいにしか思わなかった。ドレスを届けたことで、俺の配達は完了――のはずだった。
――のはずだった。
「ユウマ殿」
護衛隊の隊長に呼ばれる。
「姫殿下の一行は、明朝出発する」
「明日?」
「婚礼は9日後。王都までは7日ほどかかる。前日には到着する予定だ」
なるほど。俺が婚礼10日前に出発し、翌日、つまり婚礼9日前に到着。そして姫の一行は婚礼8日前に出発する。日程はぎりぎりだが、間に合う。
「あなたには、上空からの警戒をお願いしたい」
「分かりました」
翌朝、長い馬車の列がゆっくりと城門を抜けていく。騎士たち、荷馬車、侍女たち、そして中央の豪華な馬車。その中にいるのが、アルヴェインへ嫁ぐ姫だ。俺はクロを背に乗せ、上空へ浮かび上がった。ただドレスを届けて帰るだけのはずだったんだけど。
「……帰りも仕事になったな」
「にゃあ」
配達ではない。でも、似たようなものだ。
空から街道と周囲の森を見渡す。その時はまだ、姫が途中でいなくなるなんて、当然ながら知る由もなかった。
――現在の飛行スキル――
《飛行(Lv48)》
最高高度:450m
滞空時間:110分
できること:
・安定した高速飛行
・長距離飛行
・高速域での急上昇・急降下・急停止
・荷物を持った状態での飛行
・他者の遠隔飛行
・生物への遠隔飛行
・物体の遠隔飛行
・外部3対象まで同時制御
・無機物の位置・角度・姿勢制御
・無機物の回転制御
・回転させながらの高速移動
・浮遊剣
・ユウマ手裏剣
・天空落とし
長距離飛行と、繊細な荷物を長時間安定して制御したことで、飛行可能距離と持続時間が向上。
最後まで読んでいただきありがとうござます。
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