第21話 国王でも飛びたい
やつぱりみんな飛んでみたいよね。
これ書いてるとき毎日のように飛ぶ夢見てましたよ
王都。でかい。広い。そして、建物が高い。城壁をくぐった瞬間から、視界に入るもの全部の規模がおかしかった。石造りの建物が何階も重なり、その向こうには尖塔がいくつも伸びている。
「建物の高さがもう殺しに来てる」
「王都ですもの」
隣のエリーゼは平然としていた。さすが貴族令嬢、慣れが違う。
俺たちは王家が用意した宿舎へ案内された。国王との謁見は翌々日。そこまでは聞いていた。問題は――
「陛下の御前では、まず片膝をつき、頭を垂れます」
作法の教師が真顔で言う。
「声をかけられるまで、顔を上げてはいけません」
「はい」
「言葉遣いにも十分お気をつけください」
「はい」
「普段の調子で話されては困ります」
「王様に会うのは知ってましたけど、作法までは聞いてないですよ」
「今から覚えていただきます」
「一番嫌な言葉だ」
横でエリーゼがため息をついた。
「わたくしが手本を見せますわ。よく見ていなさい」
そして、すっと前へ出て片膝をつく。背筋も、頭の下げ方も、手の位置も、全部が自然だった。
「……すご」
「何年やっていると思っていますの」
「俺、2日です」
「言い訳になりませんわ」
厳しい。俺も真似する。
「頭を下げる。勝手にしゃべらない。敬語。よし」
「雑すぎますわ!」
最低限できればいい。
翌日は少しだけ王都を見て回った。大通り、露店、商店、馬車の数、人の数。全部リンドベルとは桁が違う。俺は王城を見上げる。
「……これ、配達始めたら絶対迷うな」
「始める気なのですね」
「当然です。俺、配達屋なので」
エリーゼが少し笑った。そして謁見当日。案内された広間は想像していた以上に広かった。居並ぶ貴族と騎士、大臣。その奥の玉座には、白髪の混じった壮年の男が座っている。アルヴェイン王国の国王、ヴィクトール・アルヴェイン。
緊張する。教わった通りに片膝をつき、頭を下げる。隣のエリーゼは完璧だ。俺も、たぶん大丈夫。
「面を上げよ」
声が響く。恐る恐る顔を上げると、王の表情は思っていたより柔らかかった。
「そなたが、噂の空飛ぶ配達屋か」
「は、はい」
「堅苦しい挨拶はよい。楽にせよ」
助かった。周囲の貴族が少しざわつくが、王は気にしていない。
「報告は読んだ」
「はい」
「自ら空を飛び、人も飛ばし、荷も運ぶ」
「はい」
「そしてワイバーンまで倒したとか」
「あれはクロにも助けられたので」
「クロ?」
「猫です」
王が少し黙る。
「……猫か」
「猫です」
そこは今どうでもいい。王は少し身を乗り出した。
「余はな」
「はい」
「昔から、空を飛ぶ夢を見ておった」
「……はい?」
「鳥を見れば羨ましく思い。竜騎士を見れば、自分も空へ行ってみたいと思った」
顔が少しずつ、王様のものではなくなっていく。
「そなたの話を聞いた時は、実に心が躍った」
嫌な予感。
「ユウマ」
名前呼びになった。
「はい」
「余も飛ばしてくれ」
広間の空気が止まり、大臣の顔色が変わる。
「へ、陛下!」
護衛の騎士たちも一斉に動く。
「おやめください!」
「御身に何かあれば一大事にございます!」
王は不満そうだ。
「余の身に何がある。ただ浮くだけであろう」
「そういう問題ではございません!」
すごい。国の頂点が全力で止められている。
「では」
王が少し考え。
「50センチでよい」
大臣が即答した。
「高さの問題ではございません!」
「50センチなら転んでも大したことはあるまい」
「陛下!」
俺は完全に巻き込まれている。さすがに謁見の間では危ないということで、そのまま城の裏庭へ移動することになった。仕事が早い。いや、止められなかっただけか。裏庭では周囲を護衛が囲み、大臣が俺に何度も確認する。
「落下した場合は?」
「落としません」
「万が一は?」
「……落としません」
「万が一――」
「もうよい」
王が遮った。助かった。俺より王様の方が話が早い。エリーゼが前へ出る。
「陛下」
「なんだ」
「まずは短時間、低空から。よろしいですね」
「うむ、承知した」
素直。俺にではなく、エリーゼの言うことには素直だな、この人。
「エリーゼ、頼りにしてます」
「任せなさい」
何の役割なんだろう。王の前へ立ち、集中して対象を捉える。相手が国の頂点だと思うと、今までで一番緊張する。
「では、いきます」
「うむ」
ふわりと王の身体が地面から離れる。10センチ、30センチ、そして50センチ。そこで止め、完全に静止させる。
「……おお」
たった50センチなのに、王の目は完全に少年のそれだった。護衛たちもざわついている。
「陛下が……浮いている」
「本当に足が地面から……」
俺にとっては、もう当たり前になりつつある。でも、ここでは全然当たり前じゃない。
「陛下」
俺が声をかける。
「約束の50センチです」
「うむ」
少し間。
「……もう少し」
来た。
大臣が。
「陛下!」
「1メートルだけだ」
「先ほど50センチと!」
「50センチ飛んだのだから、次は1メートルであろう」
理屈になってない。でも、王はめちゃくちゃ楽しそうなんだよな。俺はエリーゼを見る。エリーゼも少し困った顔をしていた。
「1メートルまでですわよ」
「うむ!」
素直すぎる。1メートル、2メートルと、結局少しずつ上がった。
「陛下、このあたりで」
「もう少しだけ」
3メートル、そして5メートル。そこで止める。これ以上は上げない。王が庭園を見下ろす。
「ほう……」
さっきまでのはしゃぎ方とは違い、少し静かになった。
「庭が、こんな風に見えるとはな」
いつも歩いている場所。いつも見ている景色。でも、高さが変わるだけで全然違う。王はしばらく黙って景色を見ていた。そこへエリーゼが声をかける。
「陛下。そろそろお時間です」
「うむ」
本当に素直。
「名残惜しいが、仕方あるまい」
俺はゆっくり高度を下げる。5メートル、3メートル、1メートル。そして着地。王は地面に足をつけても、しばらく動かなかった。
「……素晴らしい体験であった」
大臣が駆け寄る。
「陛下、お怪我は!?」
「ない」
王は笑った。
「むしろ、生涯忘れられぬ思い出ができた」
その表情を見て、俺も少しだけ嬉しくなる。
「ユウマ」
「はい」
「褒美を取らせよう」
「え?」
「何か望みはあるか」
褒美。地位、金、装備。いろいろ浮かんだ。でも、一番欲しいのは――
「それなら」
俺は答える。
「王都でも、配達の仕事を続けたいです」
王が目を瞬く。
「それでよいのか?」
「俺、本業が配達屋なので」
少し間を置いて、王が笑う。
「面白い男だ」
そして大臣を見る。
「商業ギルドへ話を通しておけ」
「はっ」
「王都で商売をするのに困らぬようにしてやれ」
「ありがとうございます!」
これはかなり助かる。
「それと」
王が続ける。
「また飛ばしてくれ」
大臣の顔が固まった。
「陛下……」
「低いところでよい」
「本当ですか?」
「うむ」
少し間。
「次はもう少し高く――」
「陛下」
大臣の低い声。
「……低いところでよい」
学習した。そして、王は思い出したように言った。
「そうだ」
「はい?」
「そなたには、ぜひ会わせたい者がおる」
「会わせたい人?」
「ああ」
王が楽しそうに笑う。
「この国で最も空を知る男だ」
この国で最も空を知る男。今まで、自分以外で空を自由に使う人間には会ったことがない。竜騎士なら空を飛ぶ。でも、どんな人なんだ。その言葉に、少しだけ胸が高鳴った。
――現在の飛行スキル――
《飛行(Lv42)》
最高高度:250m
滞空時間:70分
できること:
・安定した高速飛行
・長距離飛行
・荷物を持った状態での飛行
・他者の遠隔飛行
・生物への遠隔飛行
・物体の遠隔飛行
・外部3対象まで同時制御
・無機物の位置・角度・姿勢制御
・無機物の回転制御
・回転させながらの高速移動
・浮遊剣
・ユウマ手裏剣
・天空落とし
最後まで読んでいただきありがとうござます。
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