第18話 ワイバーン、今度こそ倒す
黒猫さん、どうしても出したくなってしまってついつい登場させてしまったのですが、扱いに困りました
それから数週間。
配達の合間にも、浮遊剣とユウマ手裏剣の練習を続けていた。
高速で飛ぶ。
急停止する。
方向を変える。
剣を浮かせる。
回す。
飛ばす。
一つずつなら、かなり安定してきた。
問題は。
実戦で、それを全部同時にできるかどうかだ。
その日、俺は隣町への配達を終え、街道沿いを飛んでいた。
背中にはクロ。
以前より、明らかに大きくなっている。
「クロ、お前また大きくなってない?」
「にゃあ」
「もう普通の猫ってサイズじゃないよな……」
返事はいつもの猫なんだけど。飛行しているから重さはほとんど感じない。クロ自身も空の移動にはすっかり慣れたようで、俺の背中でのんびりしている。
そんなとき、下から悲鳴が聞こえた。
「うわああああ!」
「……ん?」
高度を下げる。
街道脇で荷馬車が横転していた。
積み荷が散乱し、行商人らしき男が地面を這うように逃げている。
その近くには、見覚えのある赤毛と青い髪。
「ルナ!? ノアも!」
二人とも傷だらけだった。
ルナは片足を庇い、ノアも杖を握ったまま肩で息をしている。どうやら行商人の護衛中らしい。
そして、その上空を巨大な影が旋回していた。
翼、長い尾、鋭い爪、赤い目。
「……またお前らか」
ワイバーン。
前にエリーゼと飛んだ時に襲ってきた個体と同じかは分からない。
でも、嫌になるくらいよく似ていた。
「ユ、ユウマさん!」
ルナが俺に気づく。
「た、助けて……!」
ノアが苦しそうに息を整える。
「……相手が悪すぎる」
ワイバーンが急降下する。
爪が地面を抉った。
行商人が悲鳴を上げる。
考えている暇はない。
俺は近くの木の枝へ降りる。
クロをそっと乗せる。
「クロ。ここで待ってろ」
「にゃあ」
「絶対動くなよ」
返事を信じることにする。
再び浮上。
今度はワイバーンへ向かう。
「そこの人! 今のうちに馬車から離れて!」
行商人がこちらを見る。
「ルナ、ノア! 動ける?」
「な、なんとか!」
「……ルナ、肩」
ノアがルナへ肩を貸す。
二人と行商人が、よろめきながら距離を取る。
よし。なら、今度は俺の番だ。
短剣を三本浮かせる。
左右と上へ、ワイバーンの周囲を囲むように広げる。
「こっちだ!」
三本を飛ばす。
ワイバーンが翼を傾けた。
一瞬で軌道を変える。
一本目。
外れた。
二本目。
爪で弾かれる。
三本目。
翼の横をかすめただけ。
「速いな……!」
予想はしていた。それでも、実際に相手にすると厄介すぎる。
俺は高度を上げる。
ワイバーンが追う。
前はこの時点で逃げることしか考えられなかった。エリーゼを背負って追われ、森の枝に突っ込み、落としかけた。あのとき、俺にできたのは逃げ切ることだけだった。
「でも」
俺は振り返る。
「今度は違う」
集中し、ワイバーンを意識の中で包むように捉える。
「浮け!」
――何も起きない。
「やっぱり駄目か!」
右。
上。
急降下。
また右。
動きが不規則すぎる。
意識の中で掴みきれない。
以前の練習で分かったこと。
速い相手ほど、軽くても捉えにくい。
大きいから楽、なんてことはない。むしろ、空を自由に飛び回るワイバーンは今までで一番ロックしづらい。
「だったら……」
追いかけて捕まえようとするから駄目なんだ。
動きを止める必要はない。
動きを読めばいい。
俺はワイバーンの正面へ出た。
一瞬、距離を取る。
ワイバーンがこちらを見る。
目が合った。
「来い」
咆哮。
次の瞬間。
巨大な翼が強く打たれる。
ワイバーンが一直線に加速した。
速い。でも、今度は真っ直ぐだ。
「そこだ!」
頭、胴体、翼へ集中し、巨体全体を一つの対象として捉える。
今まで逃げていたロックが、初めて意識の中で噛み合った。
「浮けぇぇぇ!」
ワイバーンの軌道が崩れる。
「グギャアッ!?」
前へ進もうとする力と、俺が上へ持ち上げる力がぶつかり、巨体が不自然に浮く。
重い。
魔力が一気に持っていかれる。
でも、掴んだ。
「いける!」
さらに上。
10メートル。
20メートル。
30メートル。
近くの大きな岩場を狙う。
「天空落とし!」
解除。
巨体が落ちる。
ドゴォォン!!
岩場へ叩きつけられた。
砂埃が舞う。
「……どうだ?」
煙が晴れる。
ワイバーンが。
動いた。
ゆっくり身体を起こす。
「硬っ!?」
あれでまだ立つのか。
ワイバーンが再び翼を広げる。
俺は短剣三本を展開。
今度は倒すためじゃない。
動きを制限する。
右。
左。
上。
三方向から飛ばす。
ワイバーンが旋回。
一本目を避ける。
二本目を爪で弾く。
その回避先へ。
三本目。
「そこ!」
ザッ!
刃が翼を裂いた。
「入った!」
ワイバーンが大きく傾く。
そのまま高度を維持できず、森の端へ落ちていく。
枝を折り、地面へ激突。
「これで飛べないはず……!」
俺も高度を下げる。
短剣を回収しながら、様子を見る。
まだ生きている。
ワイバーンが地面を這うように身体を起こす。
翼は傷ついていて、もう飛べない。でも、爪も牙も残っている。
「まだ来るのかよ……!」
ワイバーンが突進してきた。距離が近く、短剣を戻した直後では避けるには遅い。
「くっ……!」
そのとき、黒い影が横から飛び込んだ。
「え?」
ワイバーンの顔へ小さな身体が激突する。
「クロ!?」
鋭い爪がワイバーンの目元を走った。
「グギャアアッ!」
巨体が怯む。
クロは地面へ軽く着地し、すぐにこちらを振り返った。
「……お前」
いや。
待て。
「猫って、ワイバーンに飛びかかれるものだっけ?」
「にゃあ」
答えになってない。
でも、今は考えている場合じゃない。
クロが作った一瞬の隙。
ワイバーンの動きが止まっている。俺はユウマ手裏剣を浮かせる。
回転。
キィィィン――。
速度を上げる。
さらに高速回転。
ワイバーンがこちらを見る。
「今度こそ……!」
木相手とは違い、動く生き物だ。でも、今はクロの一撃で動きが鈍い。狙える。
「いけぇぇぇ!」
ユウマ手裏剣が飛ぶ。
回転する刃がワイバーンの翼の付け根へ深く食い込んだ。
巨体が大きく揺れる。
さらに前へ押し込む。
「もう少し……!」
魔力を流す。
ワイバーンが吠える。
そして力が抜け、巨体が地面へ倒れる。
動かない。
静かになった。さっきまで響いていた咆哮も翼の音も、もうない。俺はしばらくその場から動けなかった。
「……倒した」
前は逃げるしかなかった相手を、今度は本当に倒した。
その瞬間、身体の奥で強い感覚が走った。
《飛行(Lv40)》
「……一気に上がったな」
高速空戦。
遠隔ロック。
短剣三本の同時制御。
ユウマ手裏剣の高速回転。
実戦で全部を使った。
感覚が明らかに広がっている。
これまで小さな無機物だけなら三つ同時に扱えた。でも今は、対象の種類に関係なく、外部3対象まで同時に捉えられる。
「また変わったな……」
ただ、今はそれより確認しないといけないことがある。
「ユウマさん!」
ルナの声に振り返ると、ノアに肩を借りながら近づいてくる。
「助かりました……!」
「……また助けられた」
「間に合ってよかったです」
行商人もへたり込んだまま、何度も頭を下げている。
「命の恩人だ……」
「大げさですよ」
「大げさじゃない!」
まあ、全員無事ならいい。
そして、クロがいつもの歩き方でとてとてと俺の足元まで来ると、当然のように肩へ飛び乗った。
……飛び乗った。結構な高さの俺の肩へ、軽々と。
行商人がクロを見る。
一瞬、何か言いかける。
「その猫……」
「クロがどうかしました?」
「いや……」
行商人は少し迷って、首を振った。
「何でもない」
気になる。
ものすごく気になる。
俺は肩のクロを見る。
クロは何事もなかったように前脚を舐めている。ワイバーンの顔へ飛びかかった猫。
爪で怯ませた猫。
そして。
俺の肩で普通に毛づくろいしている猫。
「……お前、本当に猫だよな?」
「にゃあ」
返事だけはいつもの猫だった。
――現在の飛行スキル――
《飛行(Lv40)》
最高高度:200m
滞空時間:60分
できること:
・安定した高速飛行
・荷物を持った状態での飛行
・他者の遠隔飛行
・生物への遠隔飛行
・物体の遠隔飛行
・外部3対象まで同時制御
・無機物の位置・角度・姿勢制御
・無機物の回転制御
・回転させながらの高速移動
・浮遊剣
・ユウマ手裏剣
・天空落とし
高速空戦下での複数対象制御が向上。高速・不規則に動く対象は依然としてロックが難しいが、直線的な動きなど軌道を読める瞬間なら捉えられる。
最後まで読んでいただきありがとうござます。
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