第12話 お嬢様、単独飛行に成功する
ここから《飛行》スキルの新たな活用方法が生まれていきます。
ワイバーンから命からがら逃げ帰って数日。俺にはどうしても試しておきたいことがあった。
先日、落下するエリーゼを止めた能力。
《他者1名を短時間浮遊可能》
あれを今度は、ちゃんと自分の意思で使ってみたい。
というわけで、俺は再びアーレンス家の屋敷を訪れていた。
「それで」
中庭でエリーゼが腕を組む。
「今日は何をしますの?」
「他者浮遊の練習です」
「先日の?」
「そうです。あのときは必死すぎて、どうやって成功したのか自分でもよくわかってないんですよ」
「なるほど」
エリーゼが頷く。
「それで、実験に付き合ってほしいんですけど」
「わたくしを実験台にするつもりですの?」
「他に人を浮かせる知り合いがいなくて」
「言い方」
怒られると思ったが、エリーゼは少し考えたあと、むしろ目を輝かせた。
「つまり」
「はい?」
「今度はあなたの背中ではなく、わたくし一人で飛べるのですね?」
「理屈では」
「やりましょう」
即決。
「怖くないんですか?」
「一度落ちていますもの」
「それ、普通は怖くなる理由ですよ」
「でも、あなたが止めたでしょう?」
また信頼が重い。
まずは中庭の中央にエリーゼに立ってもらい、俺は数メートル離れた場所に立つ。
俺は地上。エリーゼはこれから空中だ。今までとはまったく違う。
「最初は50センチくらいからいきます」
「また50センチですの?」
「初心を忘れない男なんです」
「便利な言葉ですわね」
集中する。
対象はエリーゼ。
先日の感覚を思い出す。
落ちる身体を包むように支える感覚へ意識を向ける。
「……浮け」
ふわっ。
エリーゼの身体が地面から離れた。
50センチ。
俺自身は地面に立ったまま。
沈黙。
「……浮いてますわ」
「浮いてますね」
後ろで見守っていた執事が、よろめいた。
「お、お嬢様が……」
俺も同じ気持ちだ。
ゆっくり高度を上げる。
1メートル。
エリーゼの足は完全に地面から離れている。
風に髪が揺れる。
「……これは……」
本人もさすがに少し驚いている。
さらに高度を上げる。
2メートル。
3メートル。
「もっと上へ」
「いきなりは無理です!」
「まだ3メートルですわよ?」
「他人を飛ばしてるんですよ!?」
自分で飛ぶのとは感覚が全然違う。離れた位置にいる人間へ、ずっと魔力を送り続ける。しかも姿勢まで制御しなければならない。自分一人を飛ばすより、明らかに消費が大きい。身体の奥から魔力がものすごい勢いで減っていく。
「降ります!」
「もうですの?」
「安全第一!」
慎重に高度を下げる。
3メートル。
2メートル。
1メートル。
ゆっくり、本当にゆっくり高度を下げ、エリーゼの靴が芝生に触れた。
成功だ。
「よし!」
浮かせて、維持して、降ろす。全部できた。
安心した瞬間、俺はその場に膝をついた。
「つ、疲れた……」
その俺の肩を、エリーゼが掴む。
「今のをもう一度!」
「MP回復待ってください!」
「なんですの、MPとは」
「あ……魔力の残量みたいなものです」
「最初からそう仰って」
「言葉、知らないと思ったので」
「馬鹿にしていますの?」
「してません、してません」
それから、他者浮遊の練習が始まった。
2日目。
5メートル。
最初より少しだけ余裕が出た。
3日目。
10メートル。
「身体をまっすぐ!」
「こうですの?」
エリーゼが姿勢を整える。
背筋を伸ばし、空中で静かに立つ。
優雅。
めちゃくちゃ優雅。
俺が地上で汗だくになっているのとは大違いだ。
「もう少し右へ!」
「こう?」
「そうです!」
エリーゼ自身が身体の向きを変えると、それに合わせて俺が移動方向を調整する。俺が全部動かしているというより、二人で感覚を合わせている感じになってきた。
初回の練習は屋敷の中庭だったが、高度が上がってくるとさすがに危ない。そこで数日後からは、町外れの開けた場所で練習することにした。人目につかない場所を選んだ。
選んだはずだった。
「お嬢様が飛んでるー!」
「見つかった……」
子どもの声が響く。
振り返ると、数人どころではない。いつの間にか人が集まっている。
「本当に浮いてる!」
「空飛ぶ配達屋がいないぞ!」
「アーレンス家のお嬢様も飛べるらしい!」
「違います! 俺です!」
地上から思わず叫ぶ。
説明が難しい。
空にはエリーゼ。
地上には俺。
見た目だけなら、どう見てもエリーゼが自力で飛んでいる。
「隠れてやってた意味、なくなりましたね」
「もう慣れましたわ、噂には」
「達観するの早くないですか」
以前から噂に鍛えられすぎている。
練習は続いた。
上昇。
下降。
停止。
前進。
後退。
左右への移動。
先日は、ただ落下を止めただけだった。
でも今は違う。
俺の意思で、エリーゼを好きな方向へ動かせる。
ある日、また感覚が変わった。
《飛行(Lv27)》
「上がった」
「またですの?」
「またです」
表示を確認する。
遠隔飛行。
その言葉が、一番しっくりきた。
単に浮かせるだけじゃない。離れた場所にいる人間を意図的に飛ばす。ようやく一つの能力として成立した気がする。
「……じゃあ」
俺はエリーゼを見る。
「次、ちょっと試してみたいことがあります」
「なんですの?」
「今までは俺が地面にいましたよね」
「ええ」
「俺も一緒に飛びます」
エリーゼが目を丸くする。
俺自身へ飛行をかけ、同時にエリーゼにも遠隔飛行を維持する。
ふわっ。
俺が浮く。
エリーゼも浮く。
でも。
触れていない。
「おお……」
ゆっくり高度を上げる。
俺の右隣。
数メートル離れた場所に、エリーゼが浮いている。
背負っていない。
手も繋いでいない。
ただ、二人で空にいる。
「ユウマ」
「はい?」
エリーゼが自分の身体を見下ろし、今までとは違う笑顔を浮かべた。
「なんだか、本当にわたくし自身が飛んでいるみたいですわ」
「実際に飛ばしてるのは俺ですけどね」
「今それを言う必要がありますの?」
「事実なので」
「雰囲気というものを学びなさい」
怒られた。
そのまま俺たちは並んで、ゆっくり飛んだ。
エリーゼが右へ進む。
俺も右へ。
少し上昇。
停止。
今までずっと。
エリーゼが空を見る場所は、俺の背中だった。
でも。
今日からは。
隣だ。
――現在の飛行スキル――
《飛行(Lv27)》
最高高度:120m+
滞空時間:30分
できること:
・安定した高速飛行
・荷物を持った状態での飛行
・人を背負った状態での飛行
・他者の遠隔飛行
・外部1対象まで同時制御
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