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落ちてる途中で異世界なんて聞いてない ~飛行スキルで、なんとかやっています~  作者: FUKA


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第10話 空飛ぶ令嬢、町の話題を独占する



それから数日。


俺は配達の合間を縫って、何度もアーレンス家へ通っていた。目的はもちろん、エリーゼとの飛行訓練だ。


……これも仕事だよな?


そう自分に言い聞かせながら屋敷の門をくぐると、今日もエリーゼが待っていた。


「遅いですわ」


「時間ぴったりです」


「わたくしは少し前から待っていましたのよ」


「それ、俺の遅刻じゃないですよね?」


「心の準備をする時間も必要ですわ」


「その理不尽さ、そろそろ様式美になってきましたね」


「あら、褒めていますの?」


「解釈はお任せします」


そのまま二人で中庭へ移動する。


最近では、エリーゼを背負って飛ぶことにもかなり慣れてきた。


スキル表示には、


《他者1名を短時間浮遊可能》


と出ている。


つまり、背負わずにエリーゼだけを浮かせることもできるらしい。


「まだ試す勇気はないんだよな……」


「何か言いました?」


「いえ、何も」


何かあってもすぐに支えられる今の形が、まだ一番安心だ。


俺がエリーゼを背負うと、彼女は町の中心を指さした。


「今日はあちらへ」


「目立ちません?」


「目立ちなさい」


「なんで命令なんですか」


「いいから行きなさい」


「せめて理由を聞いてもいいですか?」


エリーゼは少しだけ視線を逸らした。


「わたくしが飛んでいるところを、町の皆にも見てほしいのです」


「目立ちたがりなんですか?」


「違いますわ!」


即座に否定された。


「……ただ、いつも屋敷にいるだけの令嬢だと思われるのが、少し悔しいのですわ」


思っていたより真面目な理由だった。


「じゃあ、行きますか」


「ええ」


身体に魔力を巡らせると、俺たちはふわりと地面を離れた。


町の上空へ出て、最初に気づいたのは子どもだった。


「あー! 今日も飛んでる!」


その声につられて、周囲の人たちが次々と空を見上げる。


「見ろ!」


「あれ、空飛ぶ配達屋じゃないか?」


「背中に誰かいるぞ!」


「貴族のお嬢様だ!」


町中にざわめきが広がっていく。


「……すごい見られてますよ」


「望むところですわ」


エリーゼは、こういうところだけ妙に強い。


その日のうちに、俺には「令嬢タクシー」という新しい呼び名まで増えた。


やめてほしい。


「二つ名、増える一方なんですけど」


「悪い響きではありませんわ」


「本人じゃないから気楽に言えるんですよ、それ」


高度40メートル。


吹き抜ける風が気持ちいい。エリーゼも今日はかなり機嫌がよさそうだった。


「町が小さく見えますわね」


「高いですからね」


「あなた、最初は50センチだったそうですね」


「誰情報ですか」


「町中です」


情報が広まるのが早すぎる。


「俺の恥ずかしい過去、この町では共有財産になってません?」


「今さら気にすることでもないでしょう」


「言われてみればそうでした」


「それに」


エリーゼが少しだけ笑う。


「今はもう、誰も『ハエ』とは呼んでいませんわ」


「地味に嬉しいこと言いますね」


「当然のことを言ったまでです」


そう言ってエリーゼはそっぽを向いた。その耳が、ほんの少し赤く見えた。


町の広場上空を通ったとき、下から妙に刺さる視線を感じた。


見上げていたのは、若い冒険者たちだ。


「なんであいつなんだよ」


「エリーゼ様と一番近い距離にいるのが、あんな奴だなんて」


「刺さる視線が痛い……」


一瞬、俺が飛べることへの嫉妬かと思ったが、違った。


エリーゼと一緒にいることへの嫉妬だ。町で人気の令嬢と毎日のように会い、今も背中に乗せている。


そう見えても仕方がない。


「気にする必要はありませんわ」


「俺が気にします。社会的な立場が危ういので」


「わたくしがあなたを選んだのです。彼らが何を言おうと関係ありませんわ」


「選んだって言い方、誤解を招きません?」


「あら、何か問題が?」


「いえ、何も」


これ以上は墓穴を掘りそうなので、話を切り上げた。


3日目、4日目と飛行訓練は続いた。いつの間にか、ほとんど定期便である。


町の子どもたちも、俺たちを見つけると手を振るようになった。


「ユウマー!」


「おー!」


俺も片手を上げて応える。


「ちょっと」


背中から冷たい声がした。


「落ちますわよ」


「あ」


慌てて両手でエリーゼを支え直す。


「危機管理、俺よりエリーゼの方がしっかりしてません?」


「わたくしがしっかりしないと、あなたが落ちますもの」


「返す言葉もない」


そんなある日、冒険者ギルドから呼び出された。


「お前、貴族と懇意らしいな」


ギルドマスターは、開口一番そう言った。


「懇意というか、運搬です」


「町で『空の騎士』って呼ばれてるぞ」


「やめてください。絶対、実力が伴ってないですから」


「まあ、一部が勝手に呼んでるだけだがな」


「それならまだよかったです」


「それでだ」


ギルドマスターが腕を組む。


「その飛行能力、ただの配達で終わらせるには惜しい。冒険者ギルドに登録する気はないか?」


「え?」


思ってもみない提案だった。


「空を飛べる冒険者なんて、この国でもそう多くない。斥候や輸送の依頼なら、引く手あまただぞ」


「配達業、始めたばかりなんですけど」


「両立すればいい。登録したからといって、配達を辞める必要はない」


「……考えておきます」


「まあ、急かしはしない。気が向いたらいつでも来い」


軽い調子で言われたが、その言葉は妙に頭に残った。


考えておくとは答えたものの、その日の午後には、またアーレンス家の屋敷にいた。


「今日も飛びますわよ」


「ですよね」


毎日これだけ飛んでいれば、そりゃ鍛えられる。


そして数日後、視界の端に見慣れた表示が浮かんだ。


《飛行(Lv23)》

最高高度:60m

滞空時間:20分

人を背負った状態での安定飛行

他者1名を短時間浮遊可能


「お」


「どうしましたの?」


「上がりました」


「何が?」


「飛行スキルです」


表示された内容をエリーゼに説明する。


「安定飛行と書いてありますわ!」


「毎日飛んだ成果ですね」


「わたくしが付き合って差し上げた結果でしょう?」


「そこ、俺が付き合わされてる側じゃないですか?」


やっぱり話が噛み合わない。


その日は、さっそく高度60メートルまで上がってみた。


今までより町がずっと小さく見え、城壁の向こうまで、はっきりと見渡せる。


すると、横から強い風が吹きつけた。


「うわっ!」


身体が大きく揺れ、エリーゼが俺の肩を掴む。


「ユウマ!」


「大丈夫!」


以前なら、ここでかなり焦っていただろう。


でも今は、すぐに姿勢を戻して魔力の流れを整えられる。間もなく揺れが収まり、安定を取り戻した。


「……戻った」


「前より、ずいぶん安定しましたわね」


「毎日、誰かさんに酷使されてますからね」


「感謝なさい」


「どっちが?」


やがて風が弱まり、静かになった空の下には、模型のような町並みが広がっていた。


エリーゼが小さく笑う。


「あなたとなら、どこまでも行けそうですわね」


「魔力次第です」


即座に現実へ引き戻してしまった。


「そういう身も蓋もないところ、嫌いではありませんわ」


「それ、褒めてます?」


「さあ、どうでしょう」


意味深に微笑まれ、反応に困る。


そのまま町へ戻り、広場の近くへ降りると、着地した途端になぜか拍手が起きた。


「なんで拍手?」


「さあ?」


集まった人々の中から、誰かが大声を上げる。


「もう結婚しろー!」


「違うから!!」


俺は即座に叫んだ。


エリーゼの顔も一気に赤くなる。


「ば、馬鹿なことを言わないで!」


周囲から笑い声が上がり、俺は頭を抱えた。


空飛ぶ配達屋に、令嬢タクシー、空の騎士。


今度は結婚まで勝手に決められそうになっている。


この町では、噂の速度だけは飛行スキルより速かった。



最後まで読んでいただきありがとうござます。


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