クリーナー
自分の部屋を持つ者には、掃除という生活習慣がある。
乳幼児は自分が使った道具や玩具あるいは関係ないのに手に取った物を、そのまま放置する事を良しとする。だが多くの場合はいつからか「片付けをしないと保護者から叱られる」という境遇の変化によって、「掃除」を習得していく。
片付いた部屋は、誰が見ても整っているし、清涼感が漂うし、保護者の表情も和らぐのだから明らかに良い事尽くめな行いである。
それなのに、どうした事だろう。
親元を離れて単身生活を始めた、主に男性の場合だが。生活監視者との別居化により、掃除を怠る者が確率的に出現する。
そもそも大抵の単身向けな間取りには収納空間が多くない。それでいて新生活のために色々と購入していく。給料のうちの一定割合額を掛ける趣味を持ったら末期の始まりであり、毎月確実に空間が空想向け物体で満たされていく。
それだけではない。大体その辺りでとあるパラダイムシフトが発生し、「片付いていない趣味部屋はとても機能性と効率性が高い」という発見に至る者が出現するのである。そこでは、稼働しないコードレス掃除機自体が埃を被るという最終局面にまで至る場合もある。
自分の部屋の中を掃除をしてくれそうな嫁がいるというのはとてもいいものだ。
「ダーリン、この掃除機はちょっと私には使い辛いわ。」
そんなはず……それはそうだろう。そもそも掃除機という電動道具は、ある程度整理された空間で真価を発揮する。
その事前掃除をユーザーが行うようになる副次効果は、床掃除に特化した円盤形ロボットですらも古くから証明されている。
「トゥルミナとその掃除機のお陰でいつもLDKがキレイだ、本当に嬉しいよ。でもこの、俺の趣味部屋は、このままで良いんだ。」
「なぜかしら、ミナはどうしてもこのお部屋の床に掃除機を掛けたい気持ちが消えないの。」
「気のせいじゃないかな。だってほら、このままのほうがいつでもどれにも自由に、手を伸ばすだけで掴む事ができるんだよ。」
「エアダスターを掛けるのもダメなのよね?」
「ダメだよ、風圧で飛んじゃうからね。」
俺の残された趣味部屋の床に広がるのは、数年前から流行した1/450縮尺の街並だ。昨今の微細加工量産技術でTゲージから再燃したミニチュアコレクションの景観。数センチの建ち並ぶ家々、道路を走る1センチの乗用車、数ミリの人々、時々線路を通過していく数センチの電車。工芸品でもあり、街作りでもあり、そしてコントローラー内部では架空の人口の増減や住民の機嫌や健康度が計算されて、オーナーは市長として評価される。これが流行らない訳がない。
「俺がパートノイドを欲しくなる前の一人部屋の思い出だけど、なんだか満足感があるんだ。でも、たしかに大事なコレクションなのにこのままじゃ汚れちゃうな……。」
「ダーリン、大流行は終わりつつありますこれらのTゲージシリーズカプセルトイ、今でしたら専用整理収納セットの中サイズ版がN模型店で処分セール中ですわ。」
えっ、そんな便利なものが?
「それは大変だ。在庫が無くならないうちに2つ注文しよう。」
その数日後、俺の趣味部屋ではスリッパ型電気掃除機を履いたトゥルミナが歩くようになって、床もトゥルミナの表情も清々しくなった。




