キッチン
古来、炊事とはそうそう簡単ではなかったという説がある。
かまどや囲炉裏など熱源が地面と一体化していた時代には、火加減の調整だけでも技であり、鍋類は重くて腕力を要した。もしかしたら子沢山な女房の腕力は、外で稼ぐ旦那の腕力とさほどの差がなかったかもしれない。そんなかまどや囲炉裏は、やがては炭を用いて移動可能なコンロへと代わり燃料や火力調整が安定するようになった。そうしていつからか家庭にガスが普及してやっとダイヤルで火力調整をできる時代になったという。鍋にもアルミやステンレスなど、軽い手鍋が増えていった。
それでもその頃は誰も、調理に炎自体がまさか不要になるとは思わなかっただろう。家庭に電灯用以外の電気が引かれた当初は電熱コンロだったりした。家電品が増えて最大電力も増していったのを経て、人類の調理具界最大の発明と言える電子レンジが登場したのはしばらく後だ。
自分の家に料理をしてくれている嫁がいるというのはとてもいいものだ。
「ダーリン、この調理機はちょっと私には使い辛いわ。」
そんなはずはない。人間が扱う生活環境をそのまま利用できる人間型ゆえのパートノイドなのだから。
「ボタンを押す指がトゥルミナには付いてるし、具材を内鍋に入れて電子レンジにセットする腕力も、2人分の皿に盛りつける美的感覚も人間に劣らないよね?」
「そんな事ないわ。このキッチンには電子レンジがあるんだもの。ねえダーリン、最初の2回だけ半額セールの宅配冷凍おかずがあるの。年間契約できるし、面倒なカロリー計算をしなくてもいいし、洗い物もなくなっちゃうのよ。」
「でもここには食材も包丁も、まな板もあるよね。指を切らない動作制御は人間より優れてるくらいなんだし。」
「あ、うん。ミナだってどうしてもと言ってるわけじゃないの。効率化したい時や、シェフが考えたお料理が食べたい時にはご検討くださいませ。」
「俺も1人暮らし中は自炊していたからね。いいかいトゥルミナ、材料を分けて、水洗いして、こうして切っていくんだよ。」
「ねえダーリン、L社からはとっても万能なジャガイモオートカッターが新発売されたの。皮の薄さが0.5ミリですって。」




