パートノイド
わが家のパートノイドは街を自由に歩けることを望んでいる。そう言われても、誘拐されてしまったり何かの事故で全損されたりすると本体は高額なのでそれなりの被害額になる。だから俺が同伴できるような時を除けば、ずっと家の中だけで生活してもらっている。
「トゥルミナがお買い物やお散歩をしたい気持ちはとてもよく分かるけど、この家の中だけで過ごしていてね。」
西暦2036年、パートノイド――意訳が2つある。部分役割ヒューマノイド あるいは 伴侶ヒューマノイド――が、世界のAI企業各社から一斉に発売された。F社とO 社とX社が先陣を切り、S社とA社が追従。価格はどれも高価だけど、普通乗用車くらいには現実的に購入可能な、新しい産業の幕開けだった。
なぜパートノイド――部分役割ヒューマノイド――か。
万能のヒューマノイドを期待されるにしては、ロボット産業の現実的な技術と、生物である人体の動きには、あまりにも異なる隔たりがあるからだ。
限定的な家事しかできない=限定的な家事ができる。
制限された行動しかできない=制限された行動ができる。
そのようにして、何かの人員の一人分の役目だったり、どこかの家族の一員でいるなど、そんな場合と状況はけっこうあるものだ。
なぜパートノイド――伴侶ヒューマノイド――か。
夫婦という婚姻システムは古来からとても効率的な制度だったことは確かだ。それなのに何かが疲弊している現代社会、その常識は揺らいでいる。収入、容姿、性格、それらが全て自分の都合に適合する婚姻相手をただ1人に求めることが、正解ではなくなってきているからだ。
単純な答えはある。収入にだけ割り切る、容姿にだけ割り切る、性格にだけ割り切る、他は問わない。それだけでいいはずのところだ。だが、過度な収入は2人目の伴侶を求めたりするし、容姿は緩慢に変貌するし、性格の一致の持続にはお互いに努力の継続が必要らしい。
恋愛を経た大人の社会が子を産み育てる事は何よりも大事だけど、だからこそ妊娠中の母子や情操教育中の児童たちは新世代保護機関で見守られるべき、それが今日の母親側の役目となっている。収入や性格に格差がある父親側によって、子供の一生を決めるスタートが左右される、そんな責任問題にしてきた過去の親子制度は、最近になって見直されたわけだ。
だがなぜだろう。
子供が欲しいわけでもないタイプの俺にもなぜか伴侶は欲しい。それは世間の男女を問わずのようだった。
価格が普通乗用車1台分なのは仕方がない。
F社、O 社、X社、S社、A社、いずれもコンピュータ技術の発展と歴史に名を轟かせる世界のメガテック企業であり、彼らによる産業の蓄積によって今日のパートノイド技術が実現したのだから。
だが、そこに時として並べられるG社という企業がある。この企業はコンピュータ技術を作ったのではなく、コンピュータ社会を宣伝広告の場として発展した企業である。ワード検索のサイトであるはずが著作権をスレスレに広告媒体とし、動画投稿の共有サイトを倫理性スレスレに広告動画媒体とし、やがてはA社の発明であるスマートフォンを独創性なしに模倣したOSの開放により乱造された端末を広告媒体にし、果ては世界最大の盗撮行為とされてまだ広告媒体にはできていないようだがロードビュー画面にいつ広告合成が入り込むかも分からない。
そんなG社が、1年ほど遅れて、軽自動車1台程度の低価格なパートノイドを商品展開してきたのだ。それは、俺の貯金と少しのローン払いで、購入できる金額だったんだ。
自分の家に洗濯をしてくれている嫁がいるというのはとてもいいものだ。
「ダーリン、この洗濯機はちょっと私には使い辛いわ。」
そんなはずはない。人間が扱う生活環境をそのまま利用できる人間型、ゆえのパートノイドなのだから。
「ボタンを押す指がトゥルミナには付いてるし、洗濯物を抱える腕力も、庭の物干しに掛ける運動も人間に劣らないよね?」
「そんな事ないわ。今なら2割引きで買えるH社のスーパー洗濯機はWiFi制御できてボタンを押さなくてもいいし、ベルトコンベアと合体させると自動で物干しに掛けてくれるの。ミナはアイロン掛けするだけで良くなってとっても時短になるわ。」
「乾燥機能付きランドリーのほうが安いな。それに、自動アイロン機をこないだ買ったばかりじゃなかったっけ。」
「あ、うん。ミナだってどうしてもと言ってるわけじゃないの。効率化したい時や、お使いの洗濯機が壊れた時にはご検討くださいませ。」
「その話はもういいかな。俺は小腹が空いているんだよ、食べ残しのポテチは冷蔵庫の中かい、湿気ってないね。ありがとう。」
「ねえダーリン、今ならP社の乾燥剤が3割引きになってるわ。」




