テレフォン
電気を使わないのに「糸電話」と呼ばれる手作り玩具が今でもあるほどに、電気的な音声通話の歴史は古い。
ベル電話会社による電話サービスが始まったのが1876年、施設や家庭に配線設置された電話機同士を、予め連絡した時間に電話交換手が手作業で回路を接続することで音声通話ができるという手動的な回線だった。
1920年頃からは徐々に自動交換機が導入されていき、1933年には三号電話機のデザインが登場してそれらは「黒電話」とも呼ばれ、ダイヤルを回して遠い相手の呼び出しベルを鳴らす方式による利便性で大きく普及し、用件をいつでも伝え合える通話インフラが整っていった。
やがて無線電波の整備とデジタル技術の進歩が大きく進んだ時期があった。2007年に登場したスマートフォンは、音楽プレイヤーでもありカメラでもあり、メモ帳でもありゲーム機でもあり、ネット端末でもあったにもかかわらず、電話機のままだった。
今でも、そんなスマートフォンを使う人たちは多く残っている。連絡を遅らせたくない人、常時ネット情報に触れていたい人。そしてSNSという高密度な自己表現と承認欲求を叶える共同空間にいても疲れない人たちなども。
自分の家に、電話番をしていてくれる嫁がいるというのはとてもいいものだ。
トゥルミナを迎えてから早々に、俺のパソコンですらずっと畳んだきりでほとんど使う事がなくなった。
「今日はどんなニュースや話題があるのかな?」
「はいダーリン、スポーツ? 芸能? 政治経済がいいかしら? ダーリンが気にしてたあの話題がどうなってるかと言うと、え~っと、そうそう、T社の新製品が発売されてるのよ。」
「面白い動画は投稿されてる?」
「ウィチューバーのコゼローさんがバズってるみたい。要約しましょうかダーリン。あら、W商会でセールが始まってるんですって。」
「ネットの人たちはどう感じてるのかな?」
「大きく騒ぐ人たちよりも、少数派でもきちんと分析する人がいる話題です、ダーリン。ところで喉は乾きませんか? L飲料なら7種類の日替わり野菜ジュースが宅配で届くのよ。」
そう、考えてみれば多くのSNSにもコメント欄にも掲示板にもニュースにも、似た話題が分散していた事が非効率だった。1つの話題が全部まとまってくれれば、現代人にはWebブラウザ環境というものが要らなくなるという事が分かる。あるのは緊急通知用で耳たぶの裏に貼るイヤタブだけど、これが鳴る事は滅多にない。知人からの連絡だって、相手のプライバシーに割り込むほど緊急な事も案外多くはないものだ。
「よろしいですかダーリン、さきほど職場のササモト様からお電話があったの、帰宅したら折り返してって。」
「ああ、あいつか。うん、今から話そう。」
俺がトゥルミナの左手を持ち上げると、言われたトゥルミナは親指と小指だけを立てる。
俺はその親指を耳に、小指を口元に持っていく。「プルルル…」 の呼び出し音が数秒。
「ああモシモシ、ササモト? あの件だよね、あれからどうなった? そうだったか~それはさ……。」




