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第9話:不和の調速、断罪の行方

 家を飛び出したものの、行くあてなんてどこにもなかった。


 夜の街を当てもなく歩きながら、どうでもいいことばかり思い出す。


 生前の美咲と喧嘩したこと。


 結局いつも、折れていたのは僕の方だったな……とか。


 ルビーやノエル、ノアが今どこで何をしてるんだろう……とか。


 僕の自己満足が、彼女たちの未来を奪ってしまったんじゃないか……とか。


 深夜0時を回った頃、スマートウォッチが震えた。


『発見しました』


 ロックだ。位置情報で繋がっていたのを思い出す。

 

 隣を見ると、美咲が安堵したように小さく呟いた。


「……心配しました」


 それからの日々は、空虚そのものだった。


 同じ部屋にいるのに、美咲が遠い。

 

 手を伸ばせば触れられる距離にいるのに、どうしようもなく遠かった。


「美咲、この家に来てからもう一年経つけど……どうかな?」

「はい、とても気に入ってます」


「料理の腕前もかなりあがったね」

「はい、偉大な先輩に教わってますから」


「美咲、いつもよくしてくれてありがとう」

「はい、当然のことですから」


 美咲は完璧でありながら、答えになっていないような返事をする。


「美咲……僕のこと、どう思う?」

「はい、大切なご主人様です」


 違う……そうじゃないんだ……


「美咲……」


 言葉が続かない。


「もう遅いので、お風呂にいたしましょう」


 美咲はそう言って、浴室へ向かった。


 部屋には、ロックの掃除機の音だけが虚しく響いていた。


 しばらくして、美咲が戻ってきた。


 シャンプーとボディソープの匂い。あの頃からずっと変わらない、記憶に染み込んだ匂い。


「ご主人様、お風呂上がりました。どうぞお入りに――」


 言い終わる前に、僕は彼女を強く抱きしめていた。


 メガネを外した美咲。


 いつも見ていた美咲がここにいる。


 バスタオル越しに伝わる体温は、湿っていてもなお確かな熱を持っていた。


「美咲……」

「はい、なんでしょう?」


「美咲……!」

「はい、ここにいます」


「美咲!」

「……どうされたのでしょう?」


 衝動に突き動かされ、僕はそのバスタオルを剥ぎ取った。


 露わになったその身体は、細部まで、僕の愛した美咲そのものだった。


 壊してしまいたい。


 このまま、何もかも滅茶苦茶にしてしまいたい。


 僕の手が震えている。


「はい。ご主人様がそうお望みであれば」


 美咲は抵抗しなかった。ただ静かに目を閉じる。


 暗がりの中、リンクシステムが淡く光った。


 その瞬間――我に返る。


 ……何をやってるんだ、僕は。


 パジャマに着替えた美咲は、ソファに座り込む僕の隣に、心配そうに腰を下ろした。


「美咲、覚えてる? デート三日目に僕が遅刻して、美咲にめちゃくちゃ怒られたこと」


 美咲は一呼吸置いて答えた。


「はい……そういうことがあったのですね」


「美咲、覚えてる?クリスマスプレゼントを交換しようといって、二人が同じものを買ってきて大笑いした日を」


「はい……そういうことがあったのですね」


「美咲、覚えてる? 美咲のお父さんに挨拶に行った日、緊張のあまりお酒の飲み過ぎて僕が救急車で運ばれたこと」


「はい……そういうことがあったのですね」


「美咲、覚えてる?初めて美咲の前でエターナルラブをこの部屋で歌った時のこと」


「はい……そういうことがあったのですね」


 わかっている。 美咲は、もういない。


 それでも。目の前には、美咲がいる。


 こんな残酷なことがあるだろうか。


 胸の奥から、ドス黒い感情が湧き上がる。

 

 あの日、きちんと送っていれば……それだけで、何かが変わっていたかもしれない。


 息が詰まる……。


「大丈夫ですか、ご主人様?」


 差し出された手を、僕は振り払った。


「その喋り方、やめろって言っただろ!」


「申し訳ございません!」


 頭では分かっているのに。


 時間は、あの日から止まったままだと思っていた。


 ……いや。


 止まっているのは、僕の方だけなのかもしれない。


 時間は動いている。


 ただ――方向が違うだけで。


「美咲……事故の日のこと、覚えてる?」


「はい、誰の事故のことでしょう」


「美咲……僕が悪いんだよな?」


「はい、悪いとは、何を指しているのでしょう?」


「美咲……本当は僕が憎いんだよな?」


「はい、おっしゃってる意味がわかりません」


「美咲、本当は生きてるんだよな!」


 時計回りと、反時計回り。


 噛み合わないまま、別々の方へ進んでいく。


 そして今。


 正逆の運針が、帰零の位置で重なる。


「はい、私はここにいます」


「美咲……僕を……殺してくれ……僕を殺してくれ……」


「はい、その要望にはお応えできません」


「美咲ぃ……」


 僕は彼女の肩を強く掴み、揺さぶった。


「あの、申し訳ございません、お力が少々強いようで……」


 竜頭が――巻かれようとしている。


「誰だ……」


「……はい?」


「誰なんだよ」


「私は、美咲です」


 僕と美咲が示す文字盤。


 風防に重なる、二人の影。


「嘘だ」


「私は、美咲です」


「違う!美咲じゃない!」


「私は……みさきです」


 ――これは、虚飾のベゼルか。


 それとも。


「嘘だ……嘘だ……嘘だ!」


「私は、美咲です……私は……みさ……き……。」


 美咲のリンクシステムが光りだした。

 

 テーブルのメガネの内側に、文字が羅列される。


『心拍数の上昇を確認しました。至急、かかりつけの医療機関に受診することをおすすめします』

 

 ロックが僕のスマートウォッチにメッセージを送ってきた。


 美咲は糸の切れた人形みたいに、僕の腕の中で力を失った。


 ――何を、やってるんだ。


 静寂が戻った部屋で、僕は自分の愚かさに震えていた。


 ……明日は、僕の29歳の誕生日だ。


(第9話・了)


国際法、人口維持法が制定されてからも世界の人口は減り続けてます。

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