表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/12

第10話:正逆の運針、刹那の帰零

「君には期待をしていたのだが、どうやら買い被り過ぎていたようだ」


 待合室で項垂れる僕に、院長の声が冷たく刺さる。


 治療室から出てきた美咲は、浮かない顔で俯いている。


 その時、ドックの中が騒がしくなる。


 見知った無数のアンドロイドが、僕を取り囲んだ。


 ガーディアンだ。


 院内モニターやD-Botたちもざわついている。


「君たち、彼らは公安の方たちだ。警戒モードを解きなさい」


 院長の一言で、D-Botたちは沈黙した。


 左右に割れたガーディアンの間を通り、ひとりの男が現れる。


 黒崎だった。


「訴状はこの通りだ。おとなしく同行してもらおう」


 目の前に突き付けられた訴状に、僕は動揺することもない。


 抵抗する気も起きなかった。されるがままに連行される。


「今度ばかりは、君の秘策も日の目を見ることはなさそうだな……」


 院長の声が、遠くで滲んだ。


――法廷。


 僕を中心に、数人の裁判官が並ぶ。

 

 法廷内に並ぶアンドロイドたち。ガーディアンの姿。


 傍聴席の記者たちの視線。


 付き添いとして隣に座る美咲。


 どれもが、現実味のない光景だった。


 静まり返った法廷に、乾いたガベルの音が響いた。


「被告人、奏坂悠真、29歳。本法廷は貴殿に対し死刑を求刑する。執行猶予は一年とする」


 傍聴席がざわめく。獲物を囲う野次馬のようなシャッター音が、鼓膜の奥を執拗に叩く。


 僕は椅子に深く腰掛けたまま、一度も顔を上げることはなかった。


 死のカウントダウン……その秒針が、静かに動き出した。


 もし、あの日あんな形で別れていなければ。


 もし、ただの恋人としての別れだったなら。


 こんなにも終わりが、心地よく思えることはなかったかもしれない。


「この一年の間に、子孫を残すことができたなら、刑は取り消しとする。被告はこの一年で、人としての生活を――」


 言葉は耳に入ってくるが、そんなのはどうでもよかった。


 僕の人生は、美咲がいたからこそ成り立っていた。


 その美咲がいない今――僕に生きる理由はない。


 あの時と同じだ……。


 義父がアンドロイドの美咲を連れてくる前の日と。


「……何か、言いたいことはありますか」


 弁明なんて必要なかった。僕はただ、隣に座る美咲を見た。


 彼女は下を向いたまま、唇を強く噛み締めている。


「美咲、ありがとう」


「はい、何について感謝を述べているのかわかりません」


「美咲、僕の所に来てくれてありがとう」


「はい、私はご主人様のアンドロイドです。当然のことです」


 義父が美咲を連れてきた日のことが鮮明に蘇る。


 モノクロだった僕の世界を、鮮やかに塗り替えてくれた。


「美咲、覚えてる? 洗濯の順番を間違えて、洗濯物の色が移っちゃって大笑いしたこと」


「はい、先輩に相当怒られてしまいました……」


「美咲、覚えてる?朝のコーヒーをお願いしたら妙にしょっぱくて大笑いしたこと」


「はい、私が砂糖と塩の位置を勝手に入れ替えてしまったのが失敗の原因です」


「美咲、覚えてる? 僕の服にアイロンかけようとして、真っ黒こげになって大笑いしたこと」


「はい、新しいデザインだと主張させてもらいました」


 なんでもない日常に、美咲が温もりを添えてくれた。


「美咲。ありがとう」


「……はい、何について感謝を述べているのか、わかりません」


「美咲、本当に僕の所に来てくれてありがとう」


「はい、先ほども仰いましたが私はご主人様のアンドロイドです。当然のことです」


「美咲……もっと君を……愛してあげれば良かった……」


「……はい……」


 その時、美咲はかけていたメガネを外し、すぅっと大きく息を吸った。


 竜頭が巻かれる。


 香箱で眠っていた歯車たちが、ぎこちなく回り出す。


「……それは……どちらの美咲のことを想っていらっしゃるのですか……」 


 僕の中で、静かに刻み始めていた運針に――まだ気づいていなかった。


「美咲はここにいます」


 美咲は肩を震わせながら、絞り出すように呟いた。


「?……みさき……?」


 今、彼女はなにを……?


「そこまで」


 裁判長の制止が入り、僕は我に返った。


 迷いはなかった。


 この法廷に入る前から、答えは決まっていたんだ。


「裁判長。……猶予期間は、必要ありません」


 傍聴席が、一瞬で騒然となる。


「今すぐ、刑を執行してください」


 どよめきが大きな喧騒へと変わっていく。


「……何を、おっしゃっているのか、わかりません」


 美咲が、震える声で呟いた。


「美咲、僕の所に来てくれてありがとう」


「被告人が刑の執行を求めています。裁判官の皆さんはどう思いますか?」


「異議なし」


「異議なし」


「なるほど、それでは被告人の意見を尊重して――」


「美咲……ありがとう。さようなら……」


「嫌……」


 美咲は下を向いたまま、体を震わせる。


「嫌……嫌……っ」


 法廷が凍り付いたように静まり返る。


「嫌ぁーーーーーーっ!」


 その時、美咲の耳元のリンクシステムが激しく光りだした。


(第10話・了)

D-Botも有事には戦闘に駆り出されます。

戦闘機能も備わってます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ