第11話:再刻の歩度、共鳴の福音
裁判所の中央で、美咲のリンクシステムがまばゆい光を放った。
白昼の照明すら押し返すような、柔らかく、しかし確かな光。
ざわめきが、一気に広がる。
「……一体、何が起きている」
裁判長が思わず呟いた、その瞬間だった。
居並ぶアンドロイドたち。
そして公安のガーディアンたち。
彼らのリンクシステムが、淡く、同調するように光り始める。
「これは……?」
一体何が起きているのか、理解が追いつかない。
僕のスマートウォッチが震え、立て続けに通知が流れ込む。
『戦線のアンドロイド兵器、一斉に行動停止』
『都市部の全個体が機能不全か――世界規模でネットワークに異常発生』
「嫌です。ご主人様を失うのは嫌です」
美咲が僕の手を取り、胸元へ引き寄せた。
「美咲はここにいます」
まっすぐに、僕を見つめる。
「そして――ご主人様と、とても幸せな毎日を、この先も送りたいのです」
今ならはっきりとわかる——美咲が、僕の乱れた調速を取り戻し、確かな歩度を再び刻んでくれていたことに。
「ハルカさんをお助けになった時のご主人様、とても素敵でした」
「ノエルさんやノアさんのときも、ルビーさんを救うと決めたときも……」
「ご主人様のこと……とても誇りに思っています」
美咲のリンクシステムが、また一段と大きく光る。
「何より――私のことを、こんなにも大切に想ってくださったご主人様のことを」
「とても……とても、愛しく想っています」
「美咲……」
僕はその手を、強く握り返した。
その時だった。
黒崎が手に持ったリモコンを美咲に向ける。
「法の場を荒らすとは、寛容しがたい」
カチチチッ、と指でなぞる。
――そうだ、この仕草、僕は確かに覚えている。
あのアンドロイドが誘拐されたとき――。
そしてルビーが走っていった暗闇の先から、かすかに聞こえた音――。
この男、なにか秘密が……。
「カチッ」
美咲に向けてボタンを押したが、美咲に変化はない。
「やはり……そのアンドロイド……バグ個体の可能性がある。詳しく調べる必要があるな」
まずい。僕は美咲を庇った。
その時、公安の一人が黒崎に耳打ちする。
「……なるほど。アンドロイドOSに細工をした者がいる、か」
黒崎の目が細くなる。
「ならば、そいつを確保しろ」
ガーディアンが動いた。
しばらくして――連れてこられた人物を見て、息を呑む。
「お父様……っ」
美咲の父親。久遠博士だった。
「そんな……どうして……」
僕たちは声にならない声をあげた。
「アンドロイド研究の権威でもあるあなたが、なぜウイルスを?」
公安の追及に、義父は静かに口を開いた。
「人が人に興味をなくし、アンドロイドに依存する。そして彼らを兵器として使い、道具として消費する」
義父はゆっくりと首を振った。
「君に聞こう。こんな世界が、正気だと思っているのかね」
「なにぃ?」
黒崎の眉がピクリと動く。
「これはウイルスではない」
義父ははっきりと言い切った。
「歪んだ世界を是正するための――『愛』という名のプログラムだ」
「黙れ」
黒崎の声が鋭く落ちる。
「これは国際法による反逆罪が適用されるであろう…
処刑が必要となりそうだな。覚悟されよ!」
さっきまで大人しかったガーディアンたちが身構える。
『この地球が生まれ幾年月……なぜ貴方と私は出会ったのでしょう……』
それは――僕が作った歌。
エターナルラブ。
美咲の透き通るような歌声が、法廷に響き渡る。
空気が変わる。
ガーディアンたちも、再び動きを鈍らせる。
美咲の頬を、涙が伝う。
どれほど酷い言葉を投げても、どれほど絶望しても泣かなかった彼女が。
今、泣いている。
「……なんでしょう、この温もりは……」
胸に手を当てたまま、歌い続ける。
呼応するように、アンドロイドたちのリンクシステムが光った。
僕の家に来てから、今日までの時間。
何気ない日々。
くだらない失敗。
どうでもいい笑い声。
かけがえのない記憶を、歌に乗せていく。
そして、彼らは完全に静止した。
「これが……これこそがリンクシステムの真意、一つの想いが、願いがすべてを変えるのだ」
美咲の歌によって、それぞれの想いが増幅していく。
「すべての我が子たち。彼らにも幸せを掴む権利はあるのだ」
黒崎は唇を噛みしめる。
「……やはり、危険だな」
低い声。
「感情を持ったアンドロイドなど、管理社会にとっては不利益以外の何物でもない」
腰に携えている剣に手を添える。
「やはりそのバグ個体をどうにかせねばな」
そう言って、美咲に向けて剣を抜き、振りかざした。
(第11話・了)
黒崎の持ってるリモコンは感情を直接操作するデバイスです。
公安は緊急用として持っていますが、一般市民は持てません。




