第12話:悠久の定刻、永遠の愛
しまった――
そう思った時には、もう遅かった。
黒崎の腕が振り上がり、冷たい光を帯びた剣が美咲へと振り下ろされる。
「やめてくれ!大切な娘に……!」
義父の悲鳴が裁判所に響いた。
――その瞬間。
「美咲さん、こちらです!」
風のように現れた影が、美咲の手を引き、刃を鮮やかにかわした。
「あなたは……」
美咲が目を見開く。
緑色の長い髪、凛とした立ち姿。
「ハルカ……!」
首元のペンダント型リンクシステムが淡く光っている。
「来てくれたのか」
「はい」
ハルカは静かに微笑んだ。
「美咲さんや貴方は、私の奥底に眠っていたデータを“愛”だと教えてくれました。ご主人様から家族への愛です」
胸に手を当てる。
「私は、この感情を失いたくありません」
それでも黒崎の攻撃は止まらない。
「ちっ……!」
苛立ち混じりにリモコンを構える。
「警告。戦闘モードに入ります」
「ノエル!」
彼女もまた、指輪型のリンクシステムを光らせている。
「今のうちにこっちに来るのです」
今度は、小さな手が僕たちを引っ張った。
「ノア!二人ともなんでここに……?」
「わからないのです。この猫耳が光った時、優しい歌が心に広がって。
あの日のお兄さんや美咲お姉さんに、優しくしてもらった記憶でいっぱいになったのです」
クリーニングされたはずの記憶。
けれど、美咲が放った「共鳴」は、消去されたはずの絆さえも呼び覚ましたのだ。
「私達は機械仕掛けかもしれません。それでもノアと過ごした時間は、今を生きる大切な時間です」
ノエルが黒崎と刃を交えながら、優しい笑みを浮かべている。
「やはり、君に託したのは正解だったな」
義父の言葉に、僕は首を振った。
「いや、お義父さん……僕は間違っていました」
それだけ答えた。
黒崎は手に持っていたリモコンのボタンを何度も押し、反応がないことに苛立ちを見せた。
「ちっ……これ以上騒ぎが大きくなるのはまずいな」
ガーディアンたちを睨みつける。
「おい!貴様ら!」
震えるガーディアンたちに向け、カチッとボタンを押す。
「貴様ら、このままではどうなるかわかっているんだろうなぁ!」
ガーディアンたちのゴーグルが、じわりと黒く染まっていく。
「これは……」
義父が息を呑んだ。
その時――
「そこまで」
無秩序化した法廷を、静かだが圧倒的な声が制した。
白石院長だった。
気が付けば、周囲をD-Botたちが取り囲んでいる。
「裁判長、公安とは言え彼にはここまでの権限はないはずだがいかがかな?」
「……うむ。その通りですな……」
院長が黒崎を睨みつける。
「それに……ガーディアンの今の挙動に不審な点がある。調べさせてもらおう」
黒崎は唇を噛み、項垂れた。
「白石院長……なぜ?」
「あ、いたいた!お客さん!」
隣にはルビーもいる。どうして?
「この子の記憶や記録はすべて消したはずだが、なぜかリンクシステムが共有しはじめてな」
ルビーは、少し照れたように笑った。
「なんかね、歌が聞こえてきて……胸があったかくなったの。今はまだよくわからないけど……私も、本当の愛を知りたいな」
屈託のない笑顔で、僕の腕に絡みついてくる。
黒崎が義父を睨みつけている。
「貴様が何をしているのかわかっているのか?
そんな感情をインストールしては、より人間の依存を生み、世界は滅んでしまうぞ!」
「いや、それは違う」
義父は首を大きく振った。
「愛とは何も受け入れることだけが愛ではない。
相手を正し、導くことも愛。この世界に……今の無関心な人の心に足りないものだ」
黒崎の視線が僕に移る。
「ふっ、しかしその男には国際法により死刑は確定している。アンドロイドとの間に子を設けても免れんぞ」
「それでもかまわない」
美咲の手を、そっと取った。
「僕は過去に囚われて、今ここにいる美咲を見ていなかった」
――そうだ。時間はあの頃に巻き戻ったんじゃない。
美咲が家に来た時から、ずっと動き続けていた。
「君の後ろに生前の美咲を重ねて……君を、蔑ろにしていた」
僕は大きく息を吸い込んだ。
「あと一年かもしれないけど……僕と一緒にいてくれないか? いや……もう一度やり直してくれないか?」
美咲は僕の手を握り返し、大粒の涙をこぼした。
「……嫌です」
そうか。あの時、何もできなかったのは僕だ。今さら――
「嫌です。一年なんて……嫌です」
リンクシステムが、強く、強く輝く。
「私は……この先もずっと、悠真といたい……」
「今、僕の名前を……」
その瞬間、彼女の中に記憶が流れ込む。
それは、アンドロイドのものではない。
同じ顔、同じ声の――もう一人の美咲の記憶。
「もう隠す必要はあるまい」
義父が切り出した。
「悠真クン。この子は……娘はアンドロイドではない。クローンなのだよ」
法廷が再びざわめき出した。
「記憶は全てではないが、生前残した日記などをリンクシステムに入れてある。
もちろん、人として暮らしていくことは可能だ」
「クローンなどとは! 」
裁判長の声が響く。
「これは禁忌ですぞ! それこそ国際法に……」
「いや……」
白石院長が穏やかに遮る。
「クローンの技術が確立する前に、アンドロイドが誕生した。
アンドロイドの技術はあっという間に進歩し、クローンの技術は枯れてしまった。
法が整備される間もなく、議論の対象外となったのだよ」
「ならば……子を成せば……無罪ということに……」
「それに公安の君。アンドロイドたちに恐怖という感情のプログラムをインストールしていたようだね」
黒崎は視線を落した。
「人間の依存を利用し、アンドロイドを使って世界を支配しようとでもいうのかね?」
「く、ここまでか……」
そう捨て台詞を吐いた。
――その瞬間。
裁判所の中のざわめきが大きな歓声へと変わった。
アンドロイドも、人間も、その垣根を超えて僕たちを祝福していた。
「美咲、君がアンドロイドだからとか、人間だからとかじゃない」
美咲が静かに頷いた。
「今、ここにいる美咲を、僕は愛してる」
僕が抱きしめると、美咲は僕の胸に顔を埋めて泣きじゃくった。
「悠真……私も、愛してる」
裁判所内を奏でる拍手の中で、僕たちの新しい時間が、その先の長い未来へと確かに進みだした。
――この地球が生まれ幾年月……なぜ貴方と私は出会ったのでしょう
偶然という言葉はちっぽけで
運命というには曖昧で
きっと二人は絆で結ばれているのだと思うのです。
君が迷えば僕が手を差し伸べ
僕が落ちたら君が救ってくれる
そんな時間を何万回と
繰り返してきたのでしょう
悠久の輪廻に彷徨い
また何度でも
二人求め惹かれ
また同じ時間を過ごしていくのでしょう。
(第12話・完)
これにて完結となります。
全話読んでいただいた方も、各話だけを読んでいただいた方もありがとうございます。
数ある作品の中から、一瞬でも目にとめていただきとても光栄です。
【追記】
R08/04/24
SF完結済みランキングで日間6位になりました。読んでいただき本当にありがとうございます。
新作 境界線上のメモリー ——君と描く、天色の物語れ連載中です。
是非こちらも読んでもらえると嬉しいです。
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