第7話:香箱の裏側、闇の赤
痛む体を引きずって、帰り道を歩く。
頭の中では、今日の出来事が何度も再生されていた。
ノエルとノアは、どうなるんだろう。
主人を失い、無機質になった二人の姿が、焼き付いて離れない。
公安は「ドックに回収する」と言っていた。
今度、白石院長に聞いてみよう。
それに、あの公安の男――黒崎の視線が忘れられない。
夜の街は、相変わらず騒がしくて、やけに色鮮やかだった。
様々な髪色のアンドロイドが、通りに並んでいる。
「お兄さーん、寄って行きませんかー?」
「今なら、サービスしちゃいますよぉー♡」
客引きのアンドロイドたちが、腕に絡みついてくる。
「ご主人様には、必要ありません」
美咲がそれらを引き剥がし、振りほどいてくれる。
「今日はもう帰ろう」
僕らは少しだけ、早足で帰路に着いた。
翌日。
僕たちは白石院長のもとを訪ねた。
どうしても、あの二人のことが気がかりだった。
「あいにくだが、このドックには来ていないな」
院長は静かに言った。
「あの二人……どうなるんでしょうか」
不安げに尋ねると、院長は落ち着いた口調で答える。
「うむ。通常、回収された個体はドックでのメンテナンスを受けて、『クリーニング』されることになる」
「クリーニング?それって一体――」
「記憶や記録が消されて、初期化されるということだ」
それだけ聞けば、あの二人にとって悪い話じゃないのかもしれない。
あの男との日々が、大切なものだったとはとても思えないからだ。
でも、ひとつだけ引っかかる。
「あの……ノエルとノアは……親と子の思い出は……どうなるんですか……?」
院長は、ゆっくり目を伏せた。
「……消去される」
その一言が、胸に重く落ちた。
だけど院長は続ける。
「それでも、君のしたことは間違っていない」
はっきりとした言葉に、僕は顔を上げる。
「彼女たちは、人生をやり直す機会を得たんだ」
その言葉に、少しだけ救われた気がした。
けれど――
院長は最後まで、僕の目を見なかった。
その日の夜。
僕と美咲は気分転換を兼ねて、晩飯を食べるために外出することにした。
美咲が、どうしても勧めたい店があるらしい。
「確か、このあたりだったはずです」
路地を行ったり来たりしながら進む。
「ねぇ美咲、どういうお店なの?」
「はい、中華料理屋さんで、杏仁豆腐がとっても美味しそうだったのです」
……僕へのおすすめじゃなかったのか。
でも、そんなところも美咲らしくて可愛かった。
しかし、歩いても一向に辿り着く気配はない。
「美咲? これ道合ってるのかな?」
メガネを着けたり外したりしながら、美咲が首を傾げる。
「なんだか、おかしいですね」
気づけば繁華街とは程遠い路地裏に入り込んでいた。
「はい、それなら××円になります」
少し奥から、女性型アンドロイドの声がした。男と話しているようだ。
「んー……△△も付けるなら、合計で××円でどうかな?」
嫌な予感がする。おそらく違法風俗だ。
この世界でも、アンドロイドによる性サービスはあるが、
違法のものはほとんど拉致・改造された盗難個体だと聞いたことがある。
「あの個体……」
美咲が呟く。
「盗難個体ですね」
「え? 本当に?」
「はい、間違いありません。消えかかってはいますが、首輪型のリンクシステムの横に、個体番号が記されています」
クソっ——。
僕は少し考えてから、ゆっくりと男に近づいた。
「なんだ? 邪魔するのか?」
「へへ……へへ……」
我ながら気持ちの悪い笑顔だ。笑うしか思いつかなかったとはいえ。
しかもノエルとの戦闘で顔はまだ腫れている。
「な……なんだよ、そのツラ。気持ちわりぃな!」
男はあからさまに引いた様子で、「萎えたわ」と吐き捨てて立ち去っていった。
「むー、ちょっとどうしてくれるの?わたしのお客さんだったのにぃ」
残されたアンドロイドが、頬を膨らませて抗議してくる。
――この子は、分かっていないのだ。
自分が盗まれたことも、改造されていることも。
「ねぇおにいさん、代わりにお客さんになってよ♡」
腕を絡めてくる。
「いや……お客さんって、そんな……」
美咲と目が合った瞬間、その表情が固まっているのがわかった。
そんなことはお構いなしに、彼女は僕の耳元に唇を寄せてくる。
「××が××円でぇ……△△もするならぁ……××円でどぉ?」
人差し指が、胸元をゆっくりとなぞる。
赤い髪に赤い瞳。露出の多い服で、ぴったりと寄り添ってくる。
なによりとてもいい匂いがする。
「ご主人様には……そのようなものは、必要ありません」
美咲が少し強い口調で、僕の耳を両手で塞いだ。
「そうだ……君の名前、教えてくれるかな?」
「わたし?ルビー!ルビーってなまえだよ♡」
目を輝かせるルビー。
「そうだ、ルビー。僕の家に来てサービスしてもらうことは出来るかな?」
「ちょっと、ご主人様なにを……!」
美咲の放つ圧を、今だけ見なかったことにした。
「んー……それならちょっと高くなるけどぉ……×××円。だいじょぶそ?」
なかなかの金額だ。しかしここで引き下がるわけにもいかない。
「前金じゃないよね?」
「まえきんだよっ♡」
財布からお金を取り出す僕の横で、美咲は完全にしおれていた。
「ご主人様が望むのであれば……致し方ありません……」
ルビーはお金を受け取ると、暗闇の奥へ駆けていった。
しばらくして戻ってきたルビーは、今まで以上に僕の腕に絡みついてくる。
「おまたせー! 行こっ♡」
「ご主人様が……望むのであれば……致し方……ありません……」
項垂れる美咲と、弾けるルビーの声が対照的だ。
――その時。
ルビーが走っていった暗闇の奥から。
「カチチチッ」
そんな音が、聞こえたような気がした。
(第7話・了)
公安の使用するアンドロイド、ガーディアン。
これは公安が決めた名前です。
アンドロイド2.5式でOSも3.1を積んでいるとう、最新鋭のアンドロイドです。




