第6話:剥落の文字盤、絆の迷子
気づけば僕たちは、両親探しという名の子守りをしていた。
「あのアイス、とっても美味しそうなのです」
ノアが店の前に走り寄ると、美咲が何かを言いたそうな顔で僕を見る。
「……わかったよ」
アイスを買って渡すと、ノアは満面の笑みで頬張った。
その横で、美咲はまだじっと僕の顔を見ている。
「まぁ……そうなるよな」
もう一つ買うと、美咲は小さく満足そうに頷いた。
一緒に歩きながら、僕はノアの表情の豊かさに驚いていた。
笑って、拗ねて、不安になって、すぐにまた笑う。
成人型のアンドロイドとは、随分違う。
愛されることに特化しているみたいだ。
あちこちに振り回されながら、遊園地の中を探し回る。
迷子センターにも寄ったが、それらしい情報はない。
「……私は、必要とされていないのです」
顔を曇らせるノアの頭を撫でながら、僕は言う。
「そんなことない。親が子供を見捨てるなんて、ありえないよ」
だけどノアは、俯いたままアイスの棒を見つめていた。
結局、両親は見つからず、手がかりもないまま夜の八時を過ぎた。
「参ったな……届け出るしかなのいかな」
遊園地を出た頃には、ノアは僕の背中で寝息を立てていた。
行き場のないまま歩き続け、気づけば繁華街に出ていた。
客引きのアンドロイドが通りに並ぶ。その姿は異様だ。
執拗な客引きをすり抜けたころ、ノアが目を覚ました。
「お腹すいたのです……」
そう呟いた瞬間、一段と異様な光景が現れた。
僕と同じくらいの年の男が、アンドロイドに抱きつきながらラブホテルに入ろうとしている。
その瞬間、ノアが叫んだ。
「あ、お母様!それとご主人様!」
ノアが背中から飛び降り、駆け寄っていく。
嘘だろ……子供をほったらかしにして、何をしてるんだ。
拳に、自然と力が入った。
「またお前か! 向こう行ってろ!」
「はい、了解なのです」
ノアは主人の命令に従い、即座に向きを変えた。そのあまりの従順さにゾっとした。
「なぁノエル、俺と一緒にいれば他には何もいらねぇよなぁ!」
ノエル、という名のアンドロイドが、男に抱き寄せられながら答える。
「はい、もちろんです。ご主人様」
体中に鳥肌が立つのがわかる。
「お母様……お家に帰りたいのです」
ノアが再びノエルのもとに走り寄る。
「はい。一緒に帰りましょう」
ノエルが答えると、主人は声を荒げる。
「違うだろうが! 今からノエルは俺といいところに行くんだろ!」
「はい。その通りです、ご主人様」
ノアも「了解なのです」と答え、向きを変える。
アンドロイドと主人の契約は絶対だ。子供型も例外ではない。
主人の言葉を受けて、ノアはその場をぐるぐると回り始めた。
「向こう行けっつってんだよ!」
苛立った男が、ノアを力任せに蹴り飛ばした。
小さな体が地面を転がる。
――その瞬間、体が勝手に動いていた。
気づけば、拳を振り上げていた。
「がはっ!?」
吹っ飛ぶ男。しかし、僕の前に立ちはだかったのは、ノエルだった。
「敵意を確認。排除を開始します」
ノアまでもが、痛みに顔を歪めながら立ち上がる。
「ご主人様をお守りするのです!」
「嘘だろ……さっきアイス奢ってやったろ……」
僕がため息をつく暇もなく、ノエルが殴りかかってくる。
アンドロイドとはいえ、人間レベルまで力は制限されている。しかも女性型だ、当たっても痛くはない――
その時、ノエルの蹴りが僕の腹部に刺さる。
「いっ、てぇ……っ!」
前言撤回。めちゃくちゃ痛い。
「非常事態発生!ご主人様をお守り致します」
美咲も両手を構えて、戦う姿勢を取り出した。
まずい事になったな、いくらなんでも、美咲を戦わせたくない。
次々と繰り出されるノエルの攻撃をなんとかかわしながら、僕は聞いた。
「なんでそこまでして、あんなやつを庇うんだ!」
自分でも愚問だとわかっていた。
「ご主人様に降りかかる火の粉を払うのが、私たちの役目です!」
「そうなのです」
そりゃそう返事するよな、と呆れながらも続けた。
「そうかもしれない。けど!ノアの事はどう思ってるんだ?」
「ノアは私の大切な子供です」
「だったら! さっきのアイツの行動は許されるものなのか!」
ノエルは少しだけ間をあけて答えた。
「ご主人様の命に逆らうことはできません」
「……違うのです。ノアがダメな子だから、ノアがいけないのです」
そういう答えが返ってくるのはわかっていたのだ。
しかし、遊園地でのノアの言葉が頭に残っていた。
「ノアという名前はお母様が付けてくれたのです。
ノエルお母様が自分に似た呼びやすい名前で、ご主人様にも愛されるようにと。
とっても大好きな名前なのです」
目を潤ませるノアの顔が頭から離れない。
「警告。戦闘モードに入ります」
ノエルの顔つきが変わった。
まずいな……戦闘モードは非常事、戦争に駆り出される個体に組み込まれたプログラムだ。
その出力は何倍にもなる。
ノエルの動きが一段と早く、そして重くなる。
その時、主人が目を覚ました。
「やれ!ノエル!やっちまえ!いいか、ぶっ殺せぇ!」
「はい、かしこまりました。ご主人様」
繰り出される攻撃をかわせるわけもなく、まともに受け続けてしまう。
これは……本気で……死ぬかも。
「ダメ……」
美咲の声。
振り向くと、リンクシステムが淡く光り始める。
「ダメーーー!」
美咲が叫ぶと同時に、無数のアンドロイドたちが現れた。
紺色の姿に赤く光るゴーグル。
公安のアンドロイド『ガーディアン』だ。
「ひぃひいえあー!」
ノエルたちの主人が、突然声にもならない悲鳴をあげた。
左右に割れたガーディアンの間を通って、数人の男たちが奴の目の前に歩み寄る。
先頭に立つ公安の男がリモコンを取り出す。
カチチチッと、リモコンのボタンを指でなぞるようにしてノエルとノアに向けた。
そしてカチッ……とボタンを押した瞬間、ノエルとノアは大人しくなった。
「ドックに連絡、回収要請せよ」
公安の一人がどこかに連絡してるようだ。
「た……たすけて……ノエル……」
男の悲鳴が響く。リモコンを持った公安の男が口を開いた。
「国際法、人口維持法による貴様の処刑の期日はすぎている。
逃亡罪にてこの場で処刑する」
「いや……たすけ……」
――ドンッ! 乾いた音が響き、男はその場に倒れた。
「それでは清掃を」
一斉に動き出すガーディアン。
その異様な光景に目を逸らすことができなかった。
そして一人の視線に気づく。
リモコンをもった公安の男、ネームプレートに『黒崎』と書かれている。
黒崎は、僕の顔を睨みつけるように視線を送っていた。
この顔……そして所作。どこかで見たことあるような……
「完了しました」
「よろしい、撤収」
ガーディアンが去ると、街は何事もなかったように騒がしさを取り戻した。
まるで、最初から何もなかったみたいに。
(第6話・了)
ノエルの様な、有事に戦争に駆り出されるかもしれない個体は、販売時に減額されます。
販売時の名前はアイリスです。
ノアは、ノエルとオーナーとの間に生まれた子供型アンドロイドです。




