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第5話:風防の反射、鏡の君

「ほら、焼けたぞ!」


 店主の声がホールに響く。厨房から漂うチーズとトマトの香りが、店全体を包む。


「くっそー、偉そうにー……」


 僕の小言をよそに、ハルカは淡々と具材を切り分けていく。


 美咲が注文を取り、僕とロックがテーブルに配膳する構図だ。


 開店から約一か月。ピザ屋は驚くほどの繁盛ぶりだ。


 店主の働きぶりを見ていると、かつての盛況ぶりも容易に想像できる。


 その頃はハルカが注文を取り、配膳もこなしていたという。


「今日も大繁盛ですね」


 美咲の言葉に店主はハルカと目を合わせて笑う。


「これもハルカのおかげじゃな」

「最近のトレンドなどもデータとして仕入れておりますので。それに――」


 ハルカが美咲を見て、わずかに微笑む。


「あの時、新しい発見を知ることもできましたし」


 二人が静かに頷き合う。


「君たち本当にありがとう。店は明日は休みだしゆっくり休んでくれ。

それに、新しいアルバイトも来るから、しばらく休んでくれてもかまわないぞ」


 少し間を置いて、店主がロックを見る。


 僕たちが休んでいる間は、ロックを置いて行ってほしいらしい。


『置いてけぼり』


 スマートウォッチに、ロックからメッセージが送られてきた。すまん!


 その日の帰り道、僕は美咲との休日の過ごし方について話をしていた。


 せっかくの連休だ。どうせなら色んなところに連れていきたい。


 そんな事を話し込みすぎたせいで、気づけば見慣れない路地に入ってしまった。


 その時だった。


「な、なにをする!」

「おやめください……! 助けてください、ご主人様!」


 悲鳴が聞こえ、僕の背中に冷たい汗が伝う。


 声のする方へ目を向けると、そこには異様な光景が広がっていた。


 そこには、不自然にコートや帽子で顔を隠した複数の人影と、一人の男がいた。


 変装した彼らは、人形のように整然と立ち並び、一人のアンドロイドを包囲している。


 その中心に立つ男は、嘲笑うような歪な笑みを浮かべていた。


 最近よく聞く、アンドロイド誘拐のニュース。


 まさか、こんな身近で行われるなんて。


「お前たち!何をしてる!」


 僕が声をかけるまもなく、リモコンを持った男が、アンドロイドに向けてスイッチを押した。


 すると、そのアンドロイドは抵抗をやめて、途端に大人しくなった。


「今……何を……?」


 僕は美咲をかばうように後ずさりした。


 リモコンを持った男がこちらに気が付いた。


「ついでだ。アイツももらっておくか」


 そう言うとカチチチッとリモコンのボタンを指でなぞるようにしてこちらに向ける。


「や!やめろ!」


 カチッと押されたボタン。


「……?」


 身構えたが、美咲は何事もなかったかのように僕の服の裾を握っているだけだ。


「チッ……バグ個体か?まぁいい」


 男たちはそう言うと、その場を後にした。


 アンドロイドが、操られるように後を追う。その手首に巻かれたリンクシステムが、黒く鈍い光を放っていた。


――


 翌日、僕たちは予定通り出かけることにした。


 昨日の光景が脳裏から離れなくて、なるべく人通りの多い道路を優先して歩いた。


 今日訪れたのは、二人の思い出の場所――水族館だった。


 さまざまな海の生き物が並ぶ水槽を回るたびに、美咲はあの頃のように表情をころころと変えた。


「これは……食べられません」


 と首を傾げたり、


「……これは美味しそうです」


 と満面の笑みを浮かべる。


 海生恐竜のデジタルゾーンで、何もいないはずの水槽にそっと手を当てた瞬間だった。


 巨大な恐竜の顔がガラスいっぱいに迫ってくる。


「きゃー!」


 美咲は驚いて、僕の背中に隠れた。


 可愛くて。懐かしくて。


 気づけば視界が滲んでいた。


「そんなに泣くほど面白かったのですか?」


 頬を膨らませながら僕の顔を覗く美咲に、僕は笑って誤魔化した。


 そして、この日最後に回ったのは、美咲がとても好きだったペンギンの水槽。


「わぁ……」


 と目を輝かせながら、


「これは……食べられません」


 その姿が愛しくて仕方なかった。


「美咲、ここでのこと覚えてる?」


 そう切り出すと、美咲は少し間を置いて、


「はい。ここは私のお気に入りの場所です」


「……そうじゃなくて……僕が、美咲に告白したことなんだけど」


 美咲はまた少し止まって、メガネに手を当てた。


「はい、こちらで告白されたようです」


 無機質に返事をする。


 僕はそれ以上、何も言えなかった。


 水槽に反射する美咲は、あの頃のままだった。


 だけど……。


 僕の後ろで美咲は変わらず呟く。


「これは……食べられません」


 水族館を出たあと、隣の遊園地へ行く。


 それが、昔からのお決まりのコースだった。


 ジェットコースター、回転系のアトラクション。


 美咲はそのたびに、理屈っぽい感想を口にする。


「あと15キロ速ければ人は吹き飛ばされます」

「目が回りそうな時は目を瞑ればいいですよ」


 自然と、僕の口数は減ってしまっていた。


「どうかしましたか? ご気分が優れませんか? それならばもう少し落ち着いた乗り物でも……」


 指さしたのは、観覧車だった。生前、美咲ともよく乗ったものだ。


 外の景色を見ながら、何百メートル先に何の店があるとか、自宅の方角や距離を教えてくれた。


 ゴンドラという風防の中に、昔と変わらない二人の姿。


「……美咲」

「はい、なんでしょう?」


「美咲だよね?」

「はい、美咲です。御用はなんでしょう?」


「美咲は僕のこと、どう思っているの?」


 自分でも馬鹿げた質問だと思った。


「はい。とても大切な方で――」

「違う!」


「違う……そうじゃないよ……」


 不思議そうに僕の顔を見つめる美咲の頬に手を添える。


 指先に、冷たい耳の飾り物が当たる。耳当て型のリンクシステム。


 僕は美咲のメガネをはずして、顔を近付けた。


 美咲は何かを察したかのように、瞳を閉じた。


 久しぶりに交わした口づけ。感触も昔のままだ。


 美咲は優しく僕を受け入れてくれた。


 それがプログラムだとしても、僕の心を無理にでも落ち着かせるには十分だった。


 観覧車を降りて、人混みに戻った時だ。


「あぅ……」


 小さな女の子とぶつかる。


「にゃ……にゃあぁ……っ」


 猫耳型のカチューシャをつけた、子供型アンドロイドだ。


 その場に座り込んで泣き出してしまう。


「どうされましたか?」


 美咲が膝をついて、優しく声をかけた。


「お母様と……はぐれてしまいました……」


 迷子になったってわけか。


 不安そうに周囲を見回すその瞳を、放っておけるはずがなかった。


「お名前は?」


「……ノア」


「素敵なお名前ですね」


 僕と美咲は顔を見合わせて頷いた。


「探しに行こうか」

「もちろんです」


 こうして、僕たちはノアの両親探しを始めた。


(第5話・了)

ドックに備えられてるアンドロイド、D-Botの正式名称はDoctor's Assistant Bot。

一般にネーミングを公募して、約20万人の応募の中から決められました。

OSは3.0のモノが多いです。

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