3.指を切る
「ーーっ!」
ゆっくりと近づいてきていた灯の影が慌てて急ぎ始めたのを感じた。
そんな大事でもないのに...。
「慌てるほどじゃない」
「そんなことはないよ。君は人間だ。小さなけがでもすぐには治らない」
彼が言っていた。怪異は小さな傷やけがはすぐに治ってしまうと。
そして、それがあるから、人間の傷やけがには大きく心配してしまうとも。
「この先君一人では心配だ。ついてきて本当によかったよ」
...ただ、ガラスの欠片に触れて指から少し血が出ているだけなのに。
「じゃあ、話を戻そうか。この辺りは、本当に大きなビルが多かったんだね」
彼は時々、不思議なことを言う。
ほとんどが瓦礫の山で、残っているものも5階ぐらいじゃないのか。
「...?ビルは小さい。数も少ない」
「今の状況だと、そう見えるよね。でも例えばこれはね、ビルの一番上から...そうだね、だいたい8階分ぐらいが崩れずに残ってるだけで、本当は23階ぐらいのとても大きなビルがあったはずだよ。」
「23階、おっきなビル...」
想像しただけでも圧倒される。彼は、本物を見たことがあるのだろうか。
気にはなったけど、聞きはしなかった。
「あの圧倒されるようなビル群も、今ではこんなに小さくて寂しいものになったと思うと、僕は......いや、なんでもないよ」
...?
「maryちゃん、君だって想像できただろう?だからさっきも、思わず手を伸ばして、ガラス片に触れてしまったんだよね」
「...ごめんなさい」
「いいんだよ、謝らなくて。でも、謝れてえらいね。いい子だ」
また頭を撫でる。疑問は残っているけど、悪い気はしない。
「さて、この辺だったはずなんだけどー...あ、あの看板だ。あれを目印に東だね。じゃ行くよ~maryちゃん」
小さく頷いてついていく。そろそろ見慣れてきた背中を追いかける。
行きたい場所というのはもう少し先らしい。
しばらく歩いていくと、視界の端に小さな光が見えた。
この世界のものではないような、不思議な光だった。
光に魅せられ、ふらふらと道を外れていく。
気づけばその光を放ったものが目の前にあった。
...ndelierは?辺りを見渡してもわたしのそばには光を反射し続けている小さなガラス片だけ。
「ひとり...」
当たり前だった。あの人はいないのが普通だったし。
寂しくなんてなかったのに、彼はわたしの孤独を寂しいものに変えてしまった。
「ndelier...」
きれいだと思っていた光が妖しく見えてくるころには、わたしはそれに触れようとしていた。
辺りが見えなくなり、ただただ手を伸ばす。
「maryちゃん!!!」
聞いたことのある声が、ただ、今までに聞いたことのないほど大きな声が、聞こえて目が覚める。
「maryちゃん、こっちにおいで。それは危険だ」
このガラス片がなんなのか知っているような口ぶりだがそんなことはどうでもいい。
...体が動かない。光は輝きを絶やさず、体はそれに魅了されているままみたいだ。
「ndelier、引っ張って」
「わかった、今行くから頑張って!」
ndelierが近づいてくる。すると突然、慌てて走り出した。
すぐそばに来たと思ったら一気に後ろに引っ張られる。
瞬間、目の前に瓦礫の山が降ってきた。
「大丈夫!?」
「無事」
「本当に!?けが...とか...は」
荒れていたndelierの声が止まる。わたしの手を見て...?
「あ...」
わたしは痛みに疎い。それはきっとずっと孤独に耐えていたからだろう。
だから今の自分の手を見ても、特に何も思うことはない。
でも、事実としてわたしの薬指は半分なくなっている。
「何個か外れて降ってきた窓ガラスの欠片に当たったのか...すぐに止血しよう」
「痛くないし大丈夫」
「痛くなくても体の異常だ。放置なんて許されないよ。それに...大切な、たった一つしかない君の体じゃないか」
意味は分からなかった。ただ、大事にしようとしてくれているのはわかった。...あの人とは違って。
手当てを終えて一度落ち着いてから、また目的地に向かい始めることにした。




