2.ガラスが割れる
「おはよう」
目を開けると、目の前には見慣れた灯をともす頭。恐ろしさはもはや感じない。
彼は昨日、わたしをある場所に連れて行くといった。好きな場所だとも。
どんな場所だろう。楽しいところだろうか。美しいところだろうか。
「楽しみかい?」
「まぁ」
「相変わらず素直じゃないね」
「あんたも嘘つきでしょ」
「あはは、それを言われちゃ返す言葉もないね」
彼は容姿と特別な力を除けば普通の人間のようだ。怪異などといわれる理由がわからないほどに。
「ねぇmaryちゃん、ここってこんなに瓦礫多かったっけ」
何かある度にわたしに聞いてくる。そんなこと
「わたしが知ってると思う?」
「それもそうだね。...やっぱり増えてるかも。ここに近道があったんだけどなぁ」
「通れないなら違うとこ行くよ。早く連れてって」
「はいはいわかりましたよお嬢様」
...お嬢様はやめてほしいんだけどなぁ。
いつもこの調子で何考えてるかわかんないし、もうちょっとどうにかならないのかな?
「なんか失礼なこと考えてるでしょ」
「...別に?」
「あやしいなぁ。あ、ここだよ」
とてもくだらないことを考えているうちに目的地に着いたらしい。
廃れて倒れたビル群の中で、一つだけ廃れていないビルが独特な雰囲気を漂わせて建っている。
入口の前の看板には『CAFE DOUBLE』と書いている。どうやらカフェのようだ。
「コーヒーは好き?」
「いや別にー」
「’そっかぁ、コーヒー好きなんだね’」
「うーん、どちらかといえば?」
「じゃあ入ろうか」
またやられた。ndelierの力はやっぱり鬱陶しい。
どうしようもないから付き合ってあげるしかないんだ。
「そういえば誰がコーヒー淹れてんの?」
「僕の友達のbean君だよ。彼は豆の怪異だから、コーヒーを淹れるのが上手なんだ」
そう聞くと案外悪くなさそうだ。少し楽しみになってきた。
「やぁbean君、今日は二つ頼むよ」
深く頷いてコーヒーを淹れ始めるbeanという彼からは、ずっとコーヒーの香りがしている。
彼は出来上がった二つのコーヒーを持ってきて軽いお辞儀をして定位置らしき場所に戻った。
机の上のコーヒーは、はやく飲めと言わんばかりに香りを放っている。
誘惑に負け一気に飲み干す。...驚くほど美味しかった。食レポとかできないけど。
「どう?美味しいでしょ」
「たしかに美味しいけど」
「けど...?」
「なんかくやしい」
「素直じゃないね」
はいはい。どうせわたしは素直じゃないですよ。素直じゃないのでそっぽも向きますとも。
...ん?窓ガラスが割れてる?...いや、窓ガラスは割れていない。
その先の...外?
「どうしたの?」
「あれ」
指をさして異変を伝える。その行為がよりその異変を強調する。
「ちょっと見てくる」
「えっちょっと...気を付けてよ!」
後ろを見ずに手を振りながら外に出る。
やっぱり、割れていたのは窓ガラスの先にある”空”だった。
ガラスが割れて穴が開いているだけのように見えるが、その先は明らかに違う世界だ。
不思議な引力に引き寄せられ手を伸ばしてしまう。
すぐに危険だと思った。でも、手を戻せない。引力から逃れられない。
ndelierがなにか言っているような気がしたが、もう聞こえなかった。
「きれい...」
無意識のうちに零れた言葉とともに、わたしの意識は遠のいた。
完全に見えなくなるその瞬間、わたしの指はガラス片に触れた。




