↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
喫茶リセット 〜今日も、誰かの心をそっと整理します〜  作者: 蔭翁


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
75/77

第75話「消しゴムの角」



「これ、まだ使えると思いますか?」


カウンターの前に座った青年が、小さな消しゴムを差し出した。


かなり使い込まれている。


四角かったはずの角は丸くなり、表面には鉛筆の跡がいくつも残っていた。


マスターはそれを手に取った。


「まだ使えますね」


「ですよね」


青年は少し安心したように笑った。


「でも、もう捨てようかと思っていて」


「どうしてです?」


「新しいの、買ったんです」


青年は鞄から新品の消しゴムを取り出した。


白くて、角がきれいに立っている。


「こっちのほうが消しやすいし」


「では、古いほうは必要ありませんね」


「……そうなんですけど」


青年は古い消しゴムを見つめた。


「捨てられなくて」


マスターは何も言わなかった。


青年はコーヒーを一口飲んだ。


「これ、高校のときから使ってるんです」


「長いですね」


「受験のときも使いました」


大学に合格した。


そのときも、この消しゴムがあった。


大学を卒業して、就職した。


仕事で資格試験を受けたときにも使った。


「なんか……こいつと一緒に頑張ってきた気がして」


そう言って、青年は照れくさそうに笑った。


「でも最近、仕事がうまくいかなくて」


そこで、笑顔が消えた。


「ミスばっかりで。先輩にも注意されて」


新しい資格を取ろうと思って勉強を始めた。


けれど、何度やっても間違える。


問題集には消し跡ばかりが増えていった。


「だから、新しい消しゴムに替えたんです」


青年は新品の消しゴムを見る。


「今度こそ、最初からやり直そうと思って」


マスターは古い消しゴムをテーブルに置いた。


「最初から?」


「はい」


「では、この消しゴムも捨てますか」


青年は黙った。


しばらくして、小さく首を横に振った。


「……捨てたくないです」


「なら、捨てなくてもいいでしょう」


「でも、もう古いですよ」


「古いことと、役に立たないことは同じではありません」


青年は消しゴムを見た。


丸くなった角。


何度も使った跡。


何度も間違いを消してきた跡。


「これって……」


青年が呟いた。


「失敗した証拠でもあるけど」


「ええ」


「失敗しても、また書き直してきた証拠でもあるんですね」


マスターは微笑んだ。


「そういう見方もできますね」


青年はしばらく黙っていた。


そして、新品の消しゴムを鞄にしまった。


古い消しゴムは、ポケットに入れた。


「新しいのも使います」


「それがいいでしょう」


「でも、古いのも捨てません」


青年は立ち上がった。


「なんだか、こいつを捨てたら、今まで頑張ってきた自分まで捨てるような気がして」


マスターは頷いた。


「それなら、持っていてください」


青年は店を出た。


ドアベルが鳴る。


夕方の街へ向かって歩きながら、青年はポケットの中の消しゴムに触れた。


角は、もうほとんどない。


それでも。


何度でも書き直すためには、十分だった。


喫茶リセットの窓辺では、午後の光がゆっくり傾いている。


マスターはカウンターを拭きながら、ふと呟いた。


「消すためだけに、使われてきたわけではないんですよね」


消しゴムには、消した跡しか残らない。


けれど、その跡の向こうには、


何度も書き直した時間がある。


そして人もまた。


間違いを消しながら、


少しずつ、自分の続きを書いていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。