第59話「戻らない改札」
夜が近づく、少し前の時間。
窓の外では、帰り道を急ぐ人の流れが見えた。
ドアベルが鳴り、スーツ姿の男性が入ってくる。
ネクタイは少し緩められていた。
「いらっしゃいませ」
「……コーヒーを」
席に座ると、ポケットから一枚の切符を取り出した。
少し折れた、古い紙の切符。
「これ、もう使えないんです」
「そうですね」
「改札、通れなくて」
小さく笑う。
「当たり前なんですけど」
コーヒーが運ばれる。
「昔、よく使ってた駅で」
切符を指でなぞる。
「久しぶりに行ったら、全部変わってて」
「はい」
「改札も、自動で」
「この切符じゃ、入れなかった」
カップを手に取る。
「戻れないんだなって、思いました」
一口飲む。
少しだけ、目を閉じる。
「前は、普通に通れてたのに」
「時間は、進みます」
「ええ」
男性は、切符を見つめたまま続ける。
「戻りたいわけじゃないんです」
「はい」
「ただ、通れた場所が
通れなくなると」
少し言葉を探す。
「取り残されたみたいで」
静かな時間が流れる。
「その改札は、
今のあなたのためにあります」
「……」
「昔の切符では、
通れませんが」
男性はゆっくり頷く。
「新しい方法で、
通るしかないんですね」
「はい」
彼は切符を裏返した。
「これ、捨てられなくて」
「持っていても、
かまいません」
「通れなくても?」
「ええ」
男性は、少しだけ笑った。
「通れた証ですからね」
コーヒーを飲み干す。
「今日は、新しい切符で帰ります」
「はい」
ポケットに古い切符をしまう。
「でも、これは持っておきます」
立ち上がり、軽く会釈する。
「また来ます」
「お待ちしています」
ドアが開き、外のざわめきが流れ込む。
喫茶リセットでは、
戻らない改札も、
そのまま受け止められる。




