第57話「決めきれない日」
空は曇りきらず、晴れきらず。
どちらとも言えない光が、店内に柔らかく広がっていた。
ドアが開き、スーツ姿の女性が入ってくる。
手にはスマートフォン。何度も画面を見ては、閉じる。
「いらっしゃいませ」
「……コーヒーを」
席に着くと、彼女は深く息をついた。
「決められなくて」
画面をテーブルに置く。
通知は来ていない。
「返信、しなきゃいけないんです」
「はい」
「仕事の話で。
受けるか、断るか」
少しだけ笑うが、その目は疲れている。
「どっちも間違いな気がして」
コーヒーが運ばれる。
「受ければ、忙しくなるし」
「断れば、機会を逃す」
カップを両手で持つ。
「ちゃんと決めなきゃって思うほど、
動けなくなって」
一口飲む。
少しだけ息が整う。
「こういう時、
どうしたらいいんでしょう」
「決めない時間も、
あります」
「決めない……」
「まだ決めない、という選択です」
彼女は目を伏せる。
「でも、期限があって」
「はい」
「今日中に、返事を」
少しの沈黙。
「では、
今日中に決めるために、
今は決めない時間にする」
「……」
「急いで決めることと、
間に合わせることは、
同じではありません」
彼女は、ゆっくりとスマートフォンを裏返した。
「少しだけ、
考えない時間をつくる」
「はい」
カップを見つめる。
「それで、決められますかね」
「決めるための形が、
整うかもしれません」
彼女は小さく頷いた。
「今は、
考えないでみます」
コーヒーをもう一口。
さっきより、少しだけ穏やかな顔。
しばらくして、スマートフォンを手に取る。
「……決めました」
「はい」
「受けます」
短く、それでもはっきりと。
「忙しくなる方を」
「そうですか」
「怖いですけど」
少しだけ笑う。
「やらない後悔の方が、残りそうで」
画面を操作し、送信する。
「送りました」
肩の力が抜ける。
「さっきまで、あんなに迷ってたのに」
「決める前に、
整ったのかもしれません」
彼女は立ち上がる。
「また、迷ったら来ます」
「いつでも」
ドアが開き、外の光が少し強くなる。
喫茶リセットでは、
決めきれない日も、
そのまま過ごしていい。




