第51話「揃わない靴」
午後の終わり。
空気が少しだけ冷たくなり始めた頃。
ドアベルが鳴り、若い女性が入ってきた。
足元はスニーカーだが、左右で少し色が違っている。
「……気づきますよね」
席に着くなり、彼女は苦笑した。
「ええ」
「急いで出てきたら、
片方だけ違うの履いてて」
マスターは静かに頷く。
「温かい紅茶を」
「かしこまりました」
女性は、足元を見て肩をすくめた。
「こういうの、
昔からなんです」
「どのような」
「どこか揃わない」
少し考えてから続ける。
「頑張っても、
完璧にならないというか」
紅茶が運ばれる。
やわらかな香りが広がる。
「仕事も、人付き合いも、
あと一歩が足りない気がして」
カップを持ち上げる手が、少しだけ強い。
「ちゃんとした人になりたいのに」
「揃っていないと、
いけませんか」
「……そう思ってました」
彼女は紅茶を一口飲んだ。
「でも、
今こうして座ってると」
もう一口。
「誰も困ってないですね」
「ええ」
マスターは、穏やかに言う。
「揃っていないから、
進めることもあります」
「どういうことですか」
「左右が違うから、
歩くことを意識する」
女性は、ふっと笑った。
「確かに、
今日はちゃんと足元見てます」
「それも一つの整え方です」
彼女は足を軽く動かした。
「これでも、
歩けますね」
「はい」
カップが空になる頃、
彼女の表情は少し柔らかくなっていた。
「揃わなくても、
来てよかったです」
「ここでは、
そのままで」
立ち上がり、会計を済ませる。
ドアの前で、もう一度足元を見る。
「……意外と、嫌いじゃないかも」
「それなら」
ドアが閉まり、
夕方の空気が流れ込む。
喫茶リセットでは、
揃わないままの自分も、
そのまま受け入れられる。




