第50話「半分だけの勇気」
午後の光が、ゆっくりと棚のカップを照らしていた。
ドアベルが鳴り、小さなため息と一緒に青年が入ってくる。
二十代前半ほどだろうか。手には、折りたたまれた一枚の紙。
「……コーヒーを。いちばん普通のやつで」
「ブレンドですね」
青年は頷き、カウンター席に座った。
紙は、何度も開いた跡がある。
端が少しだけ擦り切れている。
「それは?」
「応募書類です」
短く答え、視線を落とす。
「出すかどうか、
迷ってて」
コーヒーが置かれる。
「完璧じゃないんです。
経歴も、自信も」
「完璧な人は、
あまり来ません」
青年は、少しだけ笑った。
「出して落ちたら、
やっぱりダメだって証明される気がして」
「出さなければ?」
「……ずっと、分からないまま」
カップを持ち上げ、一口。
「苦い」
「ええ」
「でも、飲めないほどじゃない」
紙を見つめ、
指で端をなぞる。
「勇気って、
全部必要なんですかね」
「半分で、十分な時もあります」
「半分?」
「不安が半分。
期待が半分」
青年は、しばらく黙った。
「今、ちょうどそれくらいです」
「では、足りています」
青年は、紙を丁寧に折り直し、封筒に入れた。
「帰りに、出してきます」
「はい」
「怖いけど」
「怖さも、一緒に出してください」
最後の一口を飲み干す。
「……ちょっと、温かいですね」
「淹れたてですから」
青年は立ち上がり、深く息を吸った。
「半分だけの勇気で、
行ってきます」
「いってらっしゃいませ」
ドアが閉まる。
喫茶リセットでは、
大きな決意よりも、
小さな一歩が大切にされる。
今日もまた、
半分の勇気が、静かに外へと送り出された。




