第49話「言えなかった言葉」
夕方の光が、ゆっくりと店内を薄く染めていた。
ドアベルが鳴り、制服姿の少女が入ってくる。
まだ学生だろう。鞄を胸に抱え、視線を落としている。
「……あの、ミルクティー、ありますか」
「ありますよ」
少女は、いちばん奥の席に座った。
まるで、声が外に漏れないように。
「今日、
友達と喧嘩して」
ミルクティーが置かれる。
湯気が、ふわりと立ちのぼる。
「本当は、謝りたかったのに」
「言えませんでしたか」
「はい」
唇を噛む。
「変な意地、張っちゃって」
カップを両手で包み込む。
「帰り道、ずっと考えてたんです。
“ごめんね”って、たったそれだけなのに」
マスターは、静かに砂糖を一つ置いた。
「甘くしますか」
「……少しだけ」
少女は砂糖を入れ、ゆっくり混ぜる。
「素直になるのって、
なんでこんなに難しいんでしょう」
「言葉は、
外に出ると戻りません」
「だから、怖い」
「でも、出さないと、
自分の中で響き続けます」
少女は、そっと息を吐いた。
「今も、響いてます」
ミルクティーを一口飲む。
「……甘い」
「少しだけ、ですね」
「ちょうどいいです」
少女は鞄からスマートフォンを取り出した。
画面を見つめ、親指が止まる。
「今、送ったら変ですか」
「今、思ったなら」
小さく頷き、
短いメッセージを打ち込む。
“ごめんね”
送信ボタンを押した瞬間、
肩がふっと軽くなった。
「……言えた」
「はい」
返信はまだ来ない。
それでも、少女の表情は少し明るい。
「返事がなくても、
前より苦しくないです」
「言葉は、
出した時点で役目を果たします」
立ち上がる前、
少女はもう一度カップを見た。
「ちゃんと、温かい」
「ええ」
ドアが閉まり、
夕方の色が濃くなる。
喫茶リセットでは、
言えなかった言葉も、
そっと送り出される。




