第47話「ほどけない結び目」
風の強い午後だった。
喫茶リセットの扉が、少し重たく開く。
入ってきたのは、二十代半ばほどの男性。
パーカーの紐を、無意識に指でいじっている。
「……温かいコーヒーを」
「はい」
席に着いても、彼の指は止まらない。
固く結ばれた紐を、何度も引いている。
「結び目、取れませんか」
マスターの声に、彼は苦笑した。
「昔から、きつく締める癖があって」
「ほどくのは」
「苦手です」
コーヒーが置かれる。
湯気が、ゆっくり揺れる。
「人間関係も、
同じで」
彼は視線を落としたまま言った。
「ちゃんとしようとして、
言いたいことも飲み込んで」
「それで、きつくなる」
「はい。
気づいたら、息苦しくて」
彼は、紐を強く引いた。
結び目は、さらに固くなる。
「無理に引くと、
余計に締まります」
「……分かってるんですけどね」
マスターは、カウンター越しに静かに言った。
「少し、緩めてから」
「緩める?」
「力を抜いて、
端をそっと押し返す」
彼は、紐をじっと見つめる。
今度は引かずに、結び目の根元を指で押した。
少しだけ、動く。
「あ」
「焦らず」
もう一度。
ゆっくりと。
紐は、静かにほどけた。
「……取れた」
彼は、驚いたように笑った。
「強く引かなくてよかったんだ」
「結び目は、
敵ではありません」
コーヒーを一口飲む。
「苦いけど、
落ち着きます」
「ほどけた分ですね」
彼は、ほどけた紐を軽く結び直した。
今度は、簡単に解けそうな結び方で。
「人にも、
少し緩めて話してみます」
「ええ」
立ち上がるとき、
彼の指はもう紐をいじっていなかった。
扉が閉まる。
喫茶リセットでは、
ほどけないと思っていた結び目も、
少しの余白で、静かに解ける。




