第46話「書きかけの手紙」
午後の光が、カウンターの木目をやわらかくなぞっていた。
ドアベルが鳴り、若い女性が入ってくる。
トートバッグを胸に抱え、どこか迷うような足取りだった。
「……静かな席、ありますか」
「どの席も、静かですよ」
女性は小さく笑い、窓際に腰を下ろした。
「カフェオレを」
「かしこまりました」
バッグから取り出されたのは、一通の封筒。
まだ封はされていない。
「書きかけなんです」
女性は、封筒の端を指で撫でた。
「出そうかどうか、
ずっと迷っていて」
「お手紙ですか」
「はい。
謝りたくて」
カフェオレが置かれる。
白と茶が、ゆっくり混ざり合う。
「でも、今さらって思われたら、とか。
返事が来なかったら、とか」
封筒を開き、便箋を少しだけ覗かせる。
「気持ちを書いたら、
余計に怖くなって」
マスターは、スプーンをそっと添えた。
「混ぜますか」
「……はい」
女性は、カフェオレを静かにかき混ぜる。
「色が、変わっていく」
「書いた時点で、
もう変わっています」
「え?」
「出すかどうかより、
書いたことが」
女性は、しばらく便箋を見つめた。
「伝わらなくても、
意味ありますか」
「あなたの中では」
一口飲む。
「……甘い」
「少しだけ、です」
女性は、ペンを取り出した。
空いている行に、
ゆっくりと続きを書き足す。
「怖いけど、
出してみます」
「はい」
「返事がなくても、
これで終わりにできる気がする」
封筒を閉じ、バッグにしまう。
立ち上がる前、
女性は深く息を吐いた。
「書きかけのままだと、
ずっと心に残るから」
「今日は、続きを書けましたね」
「ええ」
ドアが閉まり、
午後の光が少し傾く。
喫茶リセットでは、
出される前の手紙も、
そっと背中を押される。




