第45話「空にならない席」
夕暮れ前。
喫茶リセットの窓際に、オレンジ色の光が差し込んでいた。
ドアが開き、誰も座っていないはずの席を見て、
一瞬立ち止まる女性がいた。
「……まだ、空いてますよね」
「はい。
どうぞ」
彼女は、その席に腰を下ろしたが、
視線はずっと向かい側に向いている。
「コーヒーを」
「いつもの、でしょうか」
「……覚えて、ないですよね」
「ここでは、
忘れても構いません」
コーヒーが置かれる。
「この席、
前は二人で座ってたんです」
「そうでしたか」
「一人になってから、
座れなくて」
カップの縁を指でなぞる。
「誰かが、
まだここにいる気がして」
マスターは、
空いた向かいの椅子を一度だけ見た。
「気配が残ることは、
あります」
「消えないんですね」
「無理に消さなくていい」
女性は、
少しだけ姿勢を正した。
「……じゃあ」
向かいの席を見て、
小さく頷く。
「今日は、
一緒に飲むことにします」
コーヒーを一口。
「苦いですね」
「変わりません」
「それが、
救われます」
沈黙が、
重くならずに流れる。
「空にならない席も、
あるんですね」
「ええ。
心の中では」
女性は立ち上がり、
会計を済ませた。
席は、
最後まで誰も座らなかった。
それでも、
空いてはいなかった。
喫茶リセットでは、
誰かの場所が、
時間を越えて残ることがある。




