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セリーナ・ロックハートの大冒険  作者: 折れた羽根 しおれた花
第三章 冬のバラード~winter general's revenge~
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聖夜騒乱

 あまりの息苦しさに目が覚めた。いや、息苦しいなどと言うレベルではない。息が出来ない。な、何が起こった……?

 もがきながら手をバタバタさせてみたところ、柔らかいモノに手が触れた。その柔らかい感触を少し味わいながらも、何とか顔をその柔らかいモノから引き剥がした。

「…………」

 部屋の照明に照らされながら見てみると、どうやらいつの間にかクリスマスパーティーは終わっていたようで、私は自分の部屋でゆっくりと眠っていたらしい。セツナとアズにゃんに挟まれた状態で。

 そして、いつの間にか顔をセツナの胸に押しつけられていたようだ。そのおかげで息苦しかったみたいだ。……アキヒコなら大喜びかもしれないが、私はそうでもない。

 何とかセツナの抱擁から抜け出し――代わりにアズにゃんを抱き枕にしてやった――、私は月光降り注ぐ庭へとやって来た。

「ふう、冷たい風が心地いいな」

 つい、ひとり言。

 先程までセツナとアズにゃんに挟まれて寝ていたせいか、冬の夜風が心地いい。

 気心の知れた仲間たちに囲まれる、というのは嬉しいモノだが、たまにはこうして一人になるのも悪くない。

 口から吐き出される息が、白く染まる。邪悪な人間であろうと、聖人君子であろうと、こうして寒空のもと、吐く息は白い。人間である以上、誰もがその点は平等だ。……私はどうだろうか?

“人間だよ、セリーナは”

 ふと、体の内側からそんな声が聞こえて来た気がした。秋になってから私の中で目覚めた、否、その存在をはっきりと感じとれるようになった“彼女”の声。

“不安なのか、セリーナ?”

「不安だよ。いつか、この世界が、周りの人たちが私を拒絶するんじゃないだろうか、って。いつだって不安だよ」

 仲間がいても、家族同然な人たちがいても、時々こうして無性に孤独だと感じる。自分が、他人と、普通の人間と違う、違い過ぎるからだろうか? 夏の終わりから特にそう感じるようになった。

「大切な人たちが増え過ぎたのかな?」

 誰も聞く者などいない、そう思っているからか、ついシェリルとの会話にも、声を出してしまう。聞く者がいれば、あまりにもイタイひとり言だな。

“大切な者たちが増えて、弱くなった、か?”

 からかうようなシェリルの声。

 どうだろうか、私は弱くなったのだろうか? それとも、大切な者たちを得て、強くなったのだろうか?

「でも、背中を預けられる仲間がいるっていうのは、悪くないよ」

 そうだ、悪くない。今までは、騎士団の仲間ですら、自分の背中を預けられる存在ではなかったのだから。もっとも、自分の背中を預けないといけないような状態になったのは、今年の夏の終わり以降の出来事だけれども。

 夏の終わり以降の出会い、再会は私に何をもたらしてくれるのだろう?

“背中を預けられる仲間、か。私がいれば問題ないがな”

「シェリルには、守られているのは背中じゃない気がするよ」

 苦笑するしかない。

「シェリルに守られる必要がないくらい、私も強くならないと」

 アイテムボックスの中から、日本刀をとりだす。

“何をするつもりだ?”

「気分が高揚しているので、少し素振りでも、と思ってね」

 冬の夜空の下、剣の素振りも悪くないだろう。抜刀、そして、納刀。また抜刀。今度は軽く剣を袈裟がけに振ってみる。

「何だったかな……」

 昔、セツナに言われた事があった気がしたな。

 斬る(振る、だったかな?)、突く、払う、その三つの動きを極めさえすればいい、と。技法だの、動きの概念などどうでもいい、ただひたすらその動きを極めろ、と。極める事が出来れば素敵に無敵だ、と。

 何だか色んな言葉やら思いが入り混じっていた気もするが、一時期はその言葉に従っていた気がする。ミスカトニック騎士養成校の教官の意見も聞かずに、頑張っていた記憶があるなあ。……今思い返せば、騎士養成校時代の私はセツナにずいぶんベッタリだったのかもしれないな。

 セツナにジン、マーガレット。騎士養成校時代の友人と再会を果たしたのも、今年の夏の終わり以降の出来事。そして、アリスやレティ、蜥蜴丸やゲーサンとの出会いは夏の終わり。

「夏の終わりから、全てが始まったのか……」

 あの出会いが、夏の終わりの恋の始まりだとしても、忘れる事さえ出来ずに、もうすぐ一年が終わろうとしている。

「何が始まったんですか?」

 今まで、何の気配も感じなかった筈なのに、急にかけられた声にビクッと体が震えるのが分かる。

「な、何って、その、あの、アレだ、アレ……」

 自分でも何を言っているのか全然わからない。

 先程まで無心で振るっていた筈の日本刀は、今やヘロヘロだ。こんな剣速では、そこら辺の盗賊ともまともにりあえないだろう。

 とりあえず、納刀し、アイテムボックスに放り込む。何となく気恥ずかしくなって後ろを振り向く事が出来なかった。

 そんな私の背中にかけられるコート。

「まったく、こんな夜中に何やっているんですか? 風邪ひきますよ」

 かけられる優しい声にも、恥ずかしさが勝ってまともに返事出来ない。

「み、見れば分かるだろう? す、素振りに決まっている!! 冬の夜空の下やる素振りは、気が引き締まってとても、気持ちのいいモノだぞ!!」

 ……バカ丸出しだな、これでは。

「風邪ひいたら意味がないと思いますよ」

「病は気から、と言うだろう? 素振りも根性入れてすれば例え寒い夜空の下でしていたとしても、風邪などひかないさ」

 どこに根拠がある? 言っている私ですら信じられないぞ、これでは。

「やれやれですね」

 小バカにしたような声が聞こえて来た。むむ……。

「でも、もうすぐ一年が終わりますね」

「そうだな……」

 振り向かずに、夜空を見上げた。透き通った冬の夜空には、満天の星。今、こうして夜空を見上げている人は、どれだけいるのだろう?

「綺麗だな」

 つい、聞かせるつもりなどないけれど、呟いてしまった。

「星が、ですか?」

「ああ……」

「星を見上げているセリーナさんの後ろ姿も、綺麗ですよ」

 ビクッ、と、体が震えてしまう。はて、アキヒコはこんなストレートに異性に言葉をかける事の出来る人間だったかな? 確かクリスマスイブは、日本とやらでは恋人たちの一大イベント日だとセツナが言っていたし、元々アキヒコは日本の住人だ。こういう日には恥ずかしいセリフも何の気兼ねもなく吐けるのかもしれないな。まあ、とっくに日付は変わっていそうだけど。

「恥ずかしいセリフをよくもまあ、すらっと口に出せるモノだな」

 きっと、今の私は赤面しているに違いない。何とか誤魔化さなければならないな。

「アリスにもそんなハズカシイセリフをいつも言っているんだろう?」

「イヤだなあ、僕はセリーナさんにしか言いませんよ。なんと言っても、僕はセリーナさんの騎士になる男なんですから」

 ……はっきり言って今更だけど、「私の騎士になる」って、結構恥ずかしい事、前から言われてたんだなあ……。

「そ、そうか、私にしか言わない、か……。うん、まあ、私の騎士になる以上、他の女にハズカシイセリフをガンガン言うのは禁止だからな」

 まあ、独占欲は少なからずあるし、嫉妬心もあるからな、私は。もちろん、私がアリスにハズカシイセリフを言うのはありなんだがな。それと、これとは話が別だ。

「ふふ、言うワケないじゃないですか。セリーナさんにハズカシイセリフを言うだけで、赤面してしまう僕ですよ?」

 ……ホントかな?

「それにしても、今年はホントに凄い一年になりましたよ」

「そうだな」

 確かに、今年はめまぐるしい変化があった。特に、夏の終わり以降に。

「来年も、いい一年になるといいですね」

「ああ」

 心から、そう願うよ。来年もいい年でありますように、と。皆と一緒に楽しく過ごす事が出来ればいいな。

 ……しかし、何故だろう? さっきから、ずっと私の少し後ろで話し続けているのは? どうせなら、横に並んで、手でも握ってくれると嬉しいのにな。……ハッ、先程まで素振りをしていたから、汗をかいているのか、私は? もしかして、汗臭い?

 いやいや、ここで自分が汗臭いかどうかなど、考えてはいけない。何故なら私は乙女だからな。……いったい、私は何を考えているのだろう?

「どうしたね、先程から左手をワキワキさせて? ははあ、つまりアレだな? 本当はお手手繋いで恋人気分でも味わいたいのかね? ワガハイでよければやってやろうではないか。お手手繋いで恋人気分。ふふふ、変温動物たるワガハイ、体温の変動が激しそうだねえ。お手手繋いでどこまで体温が上がるか、確かめてみたいねえ。科学者たるモノ、しっかりと実験をしないといけないねえ」

 何……、だと……?

 聞こえて来た声は、先程までと位置は変わらない。先ほどまでアキヒコがいた位置だ。声が発せられていた位置も、ほぼ変わらないように聞こえる。気配だって、最初にアキヒコに声をかけられた時から何一つ変わっていない。

 しかし、声は違う。今まで聞こえていた筈のアキヒコの声は、今では完全に別物だ。

 愕然として振り向いた私の目に飛び込んできたのは、蜥蜴丸の姿だった。そして、その後ろでは、何かの機械を構えているゲーサン。なんだったかな、アレは? ビデオカメラ、トカ言うヤツだっただろうか?

「いつから、そこにいた?」

「銀髪、貴様が素振りを始めた頃から。クカカカ、しかし、イイねえ。まさか、ミニスカサンタのコスプレのままで剣の素振りを始めるとは思わなかったねえ。ワガハイ、ついゲーサンに撮影を始めるよう命じてしまったよ。ワガハイには目の保養にはならないけど、エロヒコに高値で売りつける事が出来そうだからねえ」

 ミニスカサンタ……? ああ、そう言えばパーティーの途中で、セツナに血の涙を流され、ワーキャットコスプレからミニスカサンタのコスプレに着替えさせられていたっけ……。私は、その格好のままセツナとアズにゃんに挟まれて寝ていたのか? 色々と大丈夫だったのだろうか、あの二人に挟まれて。……気にしてはダメなのだろう、うん。

 そしてエロヒコ……、アキヒコの事か。高値で買うかな……? うん、買いそうだ。いかんな、今のうちに回収しておかなければ……!!

「ゲーサン、データを渡せ……!!」

 今の私なら、神すら殺せるかもしれないな。

 私の殺気に耐えきれなかったのか、ビデオカメラを私にさしだそうとするゲーサン。受け取ってデータを粉々に破壊すれば、私は枕を高くして眠る事が出来る。……言葉の意味など知らないがね。

 受け取ろうとした私の手がビデオカメラに触れる前に、蜥蜴丸がゲーサンからビデオカメラをふんだくって、逃げ出した。何処からとりだしたか分からないが、右手には妖しげな機械。

「クカカカ、サラバだ銀髪。空までは流石の貴様も追って来れまい!!」

 妖しげな機械は、飛行機械か何かだったのだろう、上空高く舞い上がる蜥蜴丸。が、今の私は冴えていた。もちろん、私をからかう為だけに、後ろに控えていたのが蜥蜴丸だと気付いて黙っていたシェリルの力を借りている。

「撃ち落とせ、ゲーサン」

「げっげ」

 シェリルの恐怖に怯えたゲーサンを思いのままに操るなど、容易き事。

 ゲーサンは何処かからとりだした武器をぶっ放し(後で聞いたが、バズーカ砲トカいう武器だったらしい。武器と言うよりは、兵器か?)、見事蜥蜴丸を撃墜してくれた。

 夜空に大きな花が開き、そしてその結果、庭へと墜落する蜥蜴丸。

 悠々と蜥蜴丸に迫る。月光を背にした私に恐怖したのか、蜥蜴丸は私にあっさりとビデオカメラをさし出してきた。

 ビデオカメラを無言で破壊した私は、蜥蜴丸に背を向け自室へと戻る事にした。今はもう、何も考えずに眠りたい。セツナとアズにゃんに包まれて眠れば、安眠できるかもしれないな。

「おおう、恐怖心がワガハイの心を支配したよ。ガクブルガクブル」

 そんな声が後ろから聞こえて来た気がした。




 翌日、私はアリスからミニスカサンタのコスプレのまま剣の素振りなどするな、とこっぴどく説教された。

 セツナからは生で見たかった。目に焼き付けたかった、と言われた。

 どうやったのか分からないが、データは既に異空間サーバーなるモノに送られ、それを何らかの形でアキヒコを除いた希望者に売り払ったらしい。アキヒコは、何故僕だけ見る事が出来ないのだ、と血の涙を流していた。

 蜥蜴丸に制裁を加えてやろうと思ったが、蜥蜴丸はいつの間にか団長宅から姿を消していた。




 そして、私は風邪をひいた。

 その風邪はなかなか治る事無く、新年を迎える事になったのだった。


 くしゅん。



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