理由あるいは、意味
え、えっと……これはどういう状況なんだろう?
確か、女の人にマグカップを見せた後、男の人が旗を治して、行ってしまおうとした2人に、トキちゃんが待ったをかけて……
『良かったら、あたし達とお茶しませんか!』
……という訳で、私たち4人は喫茶店に来ていました。
隣にトキちゃん、正面には男の人、その隣に女の人という並びで4人掛けの席についている。
「昨日はクッシンがお世話になりました〜」
トキちゃんがぺこりと頭を下げた。
「あ、ありがとうございました」
私も慌てて下げる。
「別に、壊れたものをほっておけなかっただけだよ」
男の人は特に気にした様子もなく、注文したコーヒーを口にした。
「こら能矢、お礼言われてるんだからそんな態度するんじゃないわよ」
女の人が言うけど、男の人は更に視線を反らしてコーヒーを飲み続けている。
それを見て女の人はやれやれといった感じに肩をすくめた。
「ゴメンね、コイツ本当に無愛想で」
「いえいえ〜なかなか面白い人じゃないですか」
「面白い……か、能矢をそんな風に言う人、案外多いのよね」
女の人は注文したアイスティーを一口飲み、
「一応紹介するわ、コイツは麻間能矢。そしてアタシは麻間鈴名、双子なの」
能矢さんと、鈴名さんか……あれ?
「でもさっき、雀って呼ばれてませんでした?」
そういえばそうだったような。
「あぁ……それはコイツのせいよ。アタシの名前は鈴に名なんだけど、コイツは『じゃあ雀だ』って。以来、雀呼ばわりなのよ」
なるほど……
「で? アナタ達は?」
「あたしは森岡秋です!」
「は、噺羽兎奈です」
「通称クッシンです!」
トキちゃん、それは言わなくても……
「なるほど、森岡さんと、クッシンさんね」
え、それで呼ぶの? しかもさん付けで?
「それで?」
鈴名さんは再度訊いてきた。
「はい?」
意味が分からないトキちゃんは首を傾げた。
「え? なにか依頼があるんじゃないの?」
依頼?
「いいえ全然、本当にお茶したかっただけです」
「な……」
トキちゃんが正直に言うと、鈴名さんは目を丸くする。
「……それだけ?」
「はい」
「……」
頭を手で押さえて下を向いてしまった。
「あ、あの……依頼、って何ですか?」
おそるおそる訊いてみる。
「あぁ、うん。それはね」
その時、
ガチャン!
「!?」
急な音に振り向くと、
「す、すみません……」
お店の人がカップを落としてしまったようだった。
床にはコーヒーが入っていたのか、黒い液体の水溜まりと半分に割れた白いカップが落ちていた。
すると、
「す、すみません! すぐに片付けますので…」
「動かすな」
いつの間にか能矢がそこへ移動して、欠片を集めようとしていた店員さんを手で止めていた。
「え? えぇ?」
「覆水は盆に返らない……まぁ元々知らないけど。雀、接着剤」
「了解」
鈴名さんはバックの中から接着剤を取り出すと能矢さんへと投げ渡した。
接着剤を受け取ると、能矢さんは欠片を集め始める。
「あ、あの……お客様?」
「カップはいいから何か拭く物持ってきなよ」
「は、はい」
パタパタと店員さんは店の奥へ行ってしまう。
「他はいらない?」
「うん、平気」
鈴名さんの質問に素っ気なく返して能矢さんは欠片を集め続ける。
「さて、依頼についてだったっけ? て言っても、大体分かったと思うけど」
鈴名さんは腕を組み、
「アタシ達は壊れた物を直して回ってるのよ、一つの街で200個。直したら別の街に行く、そうして色んなところを渡り歩いてるのよ」
「おぉ〜!」
トキちゃんは目を輝かせているけど、
「に、200個……ですか?」
私はその数に驚いた。
「これでも減ったのよ、最初の方は千とかやってた時もあったし。でもさすがに多すぎてそこには2ヶ月居たのよね」
せ、千個も……
「それから何回か上減を繰り返した結果、今の数に落ち着いたわけ、そして…」
鈴名さんは腕を離すと、能矢さんを、正確には能矢さんが接着剤でくっ付けているカップを指差した。
「アレはここでの、ちょうど100個目よ」
「へぇ〜、ちなみにここへ何時来たんですか?」
「えっと……3日かしら」
3日で100個も。そんなに壊れた物があるんだ……
「完璧」
能矢さんは立ち上がると、雑巾を持って来た店員さんに直したカップを渡して私たちの所へ戻ってきた。
「今のがちょうど100個目よ」
鈴名さんが言うと、
「違うよ」
能矢さんは否定した。
「そこの君」
そして私を指差し、
「この子のマグカップを直したから、さっきの旗が100個目」
「直したって……アンタ、やっぱりあの力使ったのね?」
「雀が居なかったからじゃないか、あの程度なら接着剤で簡単だったのに」
「だからあれはアンタが動いたのが原因だって…」
「あの〜……」
口喧嘩になりかけた2人をトキちゃんが水をさした。
「何でお二人はそんなことをしてるんですか?」
「簡単な理由だよ」
答えたのは能矢さん。
「壊れたものをほっておけないから、だよ」
「でも、お二人共あたし達と同じくらいの年じゃないですか?」
それは私も思った。つい敬語にさん付けで呼んでいるけど、多分一、二歳くらいしか差はないと思う。
「学校とか、ご両親とかは何も言わないんですか?」
トキちゃんはこういう所に目がよく行く、妙なところに気がつくと本人は言っているけど。
「……あのね」
能矢さんはコーヒーを飲み干すと、私たちを真っ直ぐに見て、
「ボクはね、人間に興味は無いんだ」
冷たい一言だった。
正面を見て言われた私たちは言葉を失った。
「確かにボクと雀は17、まだ学生な年齢だ。でもね、世を生きる為にはほとんど意味の無い勉強をしたり、同じ学年の仲間と切磋琢磨や和気藹々とするのに、ボクは全く興味が無いんだ。そんなことをするぐらいなら、今のような事をして、ものを直すもののように生きると決めたんだよ……行くよ、雀」
言い切ると能矢さんは立ち上がり、一人早くお店を出ていってしまった。
「はぁ……全くアイツは。ゴメンね2人共、嫌な気分になったわよね?」
「い、いえ……大丈夫、です」
本当はちょっと妙な気持ちだったけど。私は平気だと答えた。
「そっか……アイツはもう少し言葉を選んで伝えられる術を身につけるべきよね。でも、アタシ達がこれを続けてる理由にはね、もう一つ訳があるのよ」
「もう一つ……ですか?」
「そ、さすがにそれは言えないけど……隣の妙に鋭い子なら分かるかもね」
鈴名さんは席を立った。
「ここはアタシ達が持つから、もしも壊れた物があって、アタシ達が200に到達してなかったら、また会いましょ」
伝票を持って、行ってしまった。
「……」
よく考えたら、まだ注文した物に手をつけてなかった。
慌てて飲みほそうとしていると、
「すっっっっっごいね!!」
「んぐっ!? けほっ、けほっ?」
急に声をあげたトキちゃんに驚いていてむせてしまった。
「あ、ごめんごめん」
「けほっ……すごい、って何が?」
「今の2人だよ!」
能矢さんと鈴名さんが?
「まるで旅烏のように街を転々と、しかも物を直しながら回ってるとか! こんなに面白凄い人初めて見たよ!」
「は、はぁ……」
「よ〜し決めた!」
トキちゃんは手をぱん、と合わせた。
「あたし、あの2人を応援するよ!」
お、応援?
「もちろん、クッシンもね!」
え、えぇぇー……
壊れたものを直して回る二人組、能矢と鈴名。
彼らが物を直している、もう一つの理由とは……




