第33話 少しだけ引っかかった日
今日も頑張る、派遣さん。
午後のフロアは、いつもと変わらない音に包まれていた。
キーボードの音と電話の声が重なり、それぞれがそれぞれの仕事をしている。
少し前と同じ景色のはずなのに、どこかだけ少し違って見える。
それは、自分のいる場所がほんの少し変わったからかもしれない。
作業を進めていると、名前を呼ばれる。
顔を上げると、アルバイトのさらちゃんがこちらを見ていた。
少し前に入ってきたばかりなのに、もう周りと自然に会話している。
軽くうなずくと、安心したように表情がゆるむ。
いくつか仕事のことを聞かれて、分かる範囲で答える。
やり取りはすぐに終わって、「ありがとうございます」と言いながら戻ろうとしたとき、
ふと思い出したように、さらちゃんが続けた。
「鈴木さんって、派遣なのにいろいろ任されていてすごいですね」
その言葉に、一瞬だけ返し方に迷う。
褒めてくれているのは分かる。
それでも、言葉の中にある何かに、ほんの少しだけ引っかかる。
そんなことはないと答えながら、教えてもらいながらなんとかやっているだけだと伝える。
すると、さらちゃんは小さく首を横に振って、さらに言葉を重ねた。
「あたりの派遣さんですよね」
一瞬、その意味がうまくつかめなくて、頭の中で止まる。
――あたり?
何のことだろう、と考える。
でも、その場で聞き返すほどでもなくて、結局「ありがとうございます」とだけ返す。
さらちゃんは満足したようにうなずいて、そのまま自分の席へ戻っていった。
何も変わらない、ただのやり取りのはずなのに、その言葉だけが少し残る。
派遣なのに、という言い方と、
あたりの派遣さん、という響き。
悪気はないのは分かっている。
むしろ、褒めてくれているのも分かっている。
それでも、ほんの少しだけ胸の奥に引っかかる。
画面に目を戻し、キーボードに手を置く。
指はいつも通りに動く。
仕事も問題なく進んでいく。
何も変わらないはずなのに、内側だけが少し違う。
気にしすぎかもしれないと思いながらも、完全には流しきれない。
少し前までは関われなかった仕事に、少しずつ関われるようになって、
それを嬉しいと思っていたはずなのに。
それでも、その一言で、どこか線を引かれたような気がしてしまう。
――まあ、いいか。
そう思う。
今日も、ここで働いている。
それは変わらない。
でも、ほんの少しだけ、
まだ外側にいる気がした。




