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第29話 戻りきらない日

今日も頑張る、派遣さん。


 有給の次の日の朝。


 目が覚めたときから、少しだけ体が重い気がした。


 まだ眠いわけでもないのに、


 布団から出るまでに、ほんの少しだけ時間がかかる。


 天井を見たまま、


 今日が仕事だということを、ゆっくり思い出す。


 ――行きたくない、というほどじゃない。


 でも、


 すぐに動き出せるほど軽くもない。


 そんな曖昧な重さが、体の中に残っている。


 それでも、


 いつも通りに支度をして、いつも通りに家を出る。


 駅までの道も、


 電車の中の景色も、


 変わらないはずなのに、


 どこか少しだけ遠く感じる。


 車内のアナウンスも、


 周りの人の会話も、


 ちゃんと聞こえているのに、


 少しだけ自分と距離があるような気がする。


 会社に着いて、


 いつもの席に座る。


 パソコンを立ち上げて、


 ゆっくり明るくなる画面を見る。


 その光を見ているうちに、


 少しずつ仕事の感覚が戻ってくるはずなのに、


 どこか、戻りきらない。


「おはようございます」


 声をかける。


 返ってくる声も、いつも通り。


 誰も変わらない。


 何も変わっていない。


 それなのに、


 自分の中だけが、少し落ち着かない。


 画面に目を向けて、


 作業を始める。


 キーボードに触れると、


 指はちゃんと動く。


 いつも通りに入力して、


 確認して、


 また入力する。


 仕事は問題なく進んでいく。


 ミスもない。


 遅れているわけでもない。


 全部、いつも通り。


 それでも、


 ふとした瞬間に、


 周りの会話が気になる。


 自分のいない間に何かあったのか、


 そんなことを考えてしまう。


 少し笑っている声が聞こえると、


 それが自分と関係あるわけでもないのに、


 なぜか少しだけ気になってしまう。


 もちろん、


 何もないのかもしれない。


 たぶん、


 何もない。


 分かっている。


 勝手にそう感じているだけだということも。


 それでも、


 完全には気にしないでいられない。


 画面に視線を戻して、


 小さく息を吐く。


 キーボードを打つ音が、


 いつもより少しだけ大きく聞こえる気がする。


 ――考えすぎかもしれない。


 そう思う。


 そう思いながら、


 また手を動かす。


 時間は、いつも通りに流れていく。


 お昼になって、


 午後になって、


 気づけば一日が終わりに近づいている。


 結局、


 何かがあったわけじゃない。


 何も変わっていない。


 それでも、


 朝から感じていた小さな違和感は、


 完全には消えないまま残っている。


 椅子の背にもたれながら、


 小さく息をつく。


 ――まあ、いいか。


 そう思う。


 今日も、ここで働いている。


 それは、変わらない。


 ただ、


 ほんの少しだけ、


 朝から感じていた距離が、


まだ残っている気がする。

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