第28話 やっと言えた日
今日も頑張る、派遣さん。
午後のフロアは、いつも通りの空気だった。
キーボードの音と電話の声が重なって、静かに時間が流れていく。
画面に向かいながら、作業の手を動かす。
その合間に、ふと頭に浮かぶ。
――有給、どうしよう。
少し前から考えていたこと。
取ってもいいはずなのに、
なぜか言い出せずにいる。
周りを見ると、
社員の人たちは普通に「来週休みます」と話している。
その会話は軽くて、
特別なことのようには聞こえない。
それなのに、
自分の中では、少し重い。
タイミングを探しながら、
何度も声をかけようとして、
そのたびにやめる。
今は忙しそう。
もう少しあとで。
そんなことを繰り返しているうちに、
時間だけが過ぎていく。
――今日も言えないかもしれない。
そう思いながら、
またキーボードに視線を戻す。
それでも、
このままにしておくのも違う気がして、
小さく息を吸う。
席を立つ。
心臓の音が、少しだけ大きくなる。
たったそれだけのことなのに、
足取りがほんの少しだけ重い。
「あの、すみません」
声をかける。
振り向いた顔を見て、
一瞬だけ言葉が止まる。
それでも、
「来週、有給をいただきたいのですが」
やっとのことで、言葉にする。
自分の声が、
少しだけ固い気がする。
「ああ、いいよ」
あっさりと返ってくる。
その一言で、
体の力がふっと抜ける。
あまりにも自然で、
少し拍子抜けするくらいだった。
「ありがとうございます」
そう言いながら、
さっきまでの緊張が、
ゆっくりほどけていくのを感じる。
席に戻って、椅子に座る。
キーボードに手を置くと、
指がさっきよりも軽く動く。
何も変わっていないはずなのに、
少しだけ、気持ちが違う。
――言えた。
心の中で、小さくつぶやく。
それだけのことなのに、
思っていたよりも、ちゃんと嬉しい。
画面に目を落とす。
作業を再開する。
さっきと同じ仕事をしているのに、
どこか少しだけ、
呼吸がしやすくなった気がする。
――まあ、いいか。
小さく思う。
今日も、ここで働いている。
それは、変わらない。
でも、
ほんの少しだけ、
自分で決めたことを言えたことが、嬉しかった。




