第26話 少しだけ頼られた日
今日も頑張る、派遣さん。
午後のフロアは、いつも通りの音に包まれていた。
キーボードの音と、電話の声。その中に、自分の打つ音も混ざっている。
画面に向かいながら、いつもの作業を進めていると、
「すみません」
少し遠慮がちな声が、後ろから聞こえた。
その声に、指がほんの一瞬だけ止まる。
自分に向けられていると気づいて、
ゆっくり顔を上げる。
そこには、最近入ったばかりのアルバイトの子が立っていた。
少し困ったような、でも声をかけるのを迷ったあとみたいな表情。
「あの、これ……どうやればいいか分からなくて」
差し出された画面を見る。
見覚えのある操作だった。
少し前まで、自分も同じところで止まっていた。
――ああ、ここ。
すぐに分かるのに、
なぜか少しだけ言葉が出るのに時間がかかる。
ちゃんと説明できるか、ほんの少しだけ不安になる。
それでも、
椅子を少し引いて、画面の方に体を向ける。
「ここから入って、こうすると……」
ゆっくり、指で示しながら説明する。
言いながら、自分でもひとつずつ確かめるように。
間違っていないか、
ちゃんと伝わっているか。
少しだけ慎重になる。
「あ、できました」
ほっとしたような声が返ってくる。
その声を聞いた瞬間、
胸の奥にあった小さな緊張が、すっとほどける。
「ありがとうございます」
そう言って、小さく頭を下げられる。
「いえ」
軽く返しながら、
ほんの少しだけ、胸の奥があたたかくなる。
席に戻って、画面に目を戻す。
指を動かしながら、
さっきのやり取りが、ふっと頭に浮かぶ。
――前は、自分が聞く側だったのに。
少し前までは、
分からないことがあっても、なかなか声をかけられなくて、
同じ画面の前で、止まったままになっていた。
あのときの、あの感じ。
思い出すと、少しだけ胸がぎゅっとなる。
それでも今は、
ほんの少しだけだけど、
答える側にいる。
たいしたことじゃない。
本当に、小さなこと。
それでも、
さっきの「できました」の声が、
思っていたよりも、ちゃんと残っている。
キーボードに手を置く。
指が、いつも通りに動き出す。
ほんの少しだけ、軽い。
――まあ、いいか。
心の中で、そっと思う。
今日も、ここで働いている。
――少しだけ、前に進んでいる気がする。
その感覚が、静かに残っている。




