第20話 少しだけ楽になった日
今日も頑張る、派遣さん。
仕事が終わって、席を立つ。
キーボードから手を離した瞬間、ほんの少しだけ肩の力が抜ける。
指先に残っていた緊張が、ゆっくりほどけていく。
今日も、なんとか終わった。
そんな気持ちのまま、バッグを持ってフロアを出る。
外に出ると、空気が少しだけやわらかい。
建物の中とは違う温度に触れて、自然と息が深くなる。
スマホを取り出して時間を確認する。
待ち合わせの時間には、ちょうどいい。
駅へ向かう足取りが、いつもより少しだけ軽い気がする。
改札の前で立ち止まると、
「あ、こっちこっち」
聞き慣れた声がする。
顔を上げると、前の派遣先で一緒だった、同じ派遣会社の友達が手を振っていた。今はそれぞれ、別の場所で働いている。
その姿を見た瞬間、胸の奥がふっとゆるむ。
「久しぶり」
そう言いながら近づくと、自然と表情がゆるむ。
「元気だった?」
「うん、まあそれなりに」
そんなやり取りをしているだけで、さっきまでの空気が少しずつ遠ざかっていく。
近くのお店に入って、席に座る。
飲み物を頼んで、テーブルに肘をついたとき、
ようやく、ちゃんと力が抜けた気がした。
「どう?今のところ」
そう聞かれる。
一瞬だけ考えて、
それから、ふっと笑う。
「うーん……」
言葉を探すようにしてから、
「派遣さんって呼ばれる」
そう言うと、
「あー、あるある。私も」
すぐに返ってくる。
その言い方があまりにも自然で、思わず小さく笑ってしまう。
それだけで、少し楽になる。
「名前、覚えてもらえなくて」
「分かる、それ」
重なるように笑い声が返ってくる。
続けて、
「あとね、頼まれてないのに、頼んだことになってたりして」
そう言うと、
「それもある!良いことは社員の手柄、悪いことは全部派遣のせい、みたいなところあるよね」
少し大きめの声で返ってくる。
その言葉に、思わず顔を見合わせて笑う。
さっきまで胸に引っかかっていたものが、少しずつほどけていく。
それから、
「責任なくていいよね、って言われた」
ぽつりと続ける。
一瞬だけ間があって、
「それはちょっとね。でも、責任ない代わりに保障もないけどね」
笑いながら返ってくる。
その軽さに、救われる。
深刻にしすぎなくていいんだ、と思える。
「まあ、でも」
自分でも驚くくらい、軽い声が出る。
「なんとかやってる」
そう言うと、
「えらいよ」
すぐに返ってくる。
その一言が、静かに胸に落ちる。
さっきまでの重さが、いつの間にか薄れていることに気づく。
話して、笑って、
「分かる」と言ってもらえるだけで、
こんなに違うんだと思う。
店を出て、駅へ向かう。
夜の空気が、少しだけ心地いい。
さっきより、足取りが軽い。
――まあ、いいか。
心の中で、そっと思う。
明日もまた、同じ場所に行く。
同じように働く。
でも、
今日みたいな時間があれば、
たぶん、また頑張れる。
――なんとかなる気がする。
そう思いながらも、その言葉を、もう一度だけ心の中でなぞる。




